709 ひとりじゃないから ページ2
私は父さんの台詞を、憶測ではあるけど補うことができた。
──『サッカー以外、それこそバイオリンでも、Aが輝ける道はあるんじゃないか』。
けどそれを言われたら私は、激昂とまではいかずとも、少なからずムッとしてしまっていたかもしれない。
父さんと母さんの、娘を心配する気持ちはわかる。だけどこれだけは絶対に譲れないのだ。サッカーを取り戻すというゴールに、あと少しのところまで近づいている。
「──Aさ、何週間か前に『サッカーは絶対取り戻す』って言ってたよね」
その時、姉のよく通る声が割って入った。
その場の全員、特に父さんと母さんはぎょっとして姉の方を見る。
私がそれを言ったのは……そう、クロエが人間として顕現する前のことだった。仕事を失った姉と話しているときに、口をついて出てきた言葉。
「最初はさ、なんでそんな危ないことに片足突っ込むんだろって思った。だって政府が敵だよ？ でもよくよく考えたらAは一人でそれを成し遂げようとしてるわけじゃないんだろなあってわかったの。雷門のみんなで──それこそホーリーロードの時みたいにさ、全員で力を合わせて立ち向かってってる途中なんじゃない？」
姉は天井の照明に視線を向けながら、なんでもない風を装って続ける。
「だからさ、見守ってあげない？ もちろん本当に危ないなって思ったらすぐ止めるよ。でもそれまでは……うちのAの一世一代の大勝負を見届けたいなあって、姉として私は思うわけですよ」
ね？ と、姉はこちらにウインクしてみせた。
──ずっと私のことを見守ってくれていたんだ。そのことに気付いた私は、胸の中に熱いものが生まれるのを感じていた。
チームのみんな、そして家族が支えてくれていた。私が一人だった時なんて、なかったのだ。
改めて、父さんと母さんに向き直る。
「私は仲間と一緒に、ずっとサッカーをしていたい……そのために今、戦ってる。危ない橋を渡ってるのは自覚してるけど……でも、ごめん。自分の気持ちに嘘はつけない」
二人はしばらくの間、黙って私のことを見つめていた。
自然と呼吸が浅くなってしまうような沈黙だった。私は二人の顔を交互に見て、返答を待った。
「いい仲間と、出会えたんだな」
やがてそう言ったのは父さんだった。相変わらずの無表情だったけれど、その口調はいつもよりもずっと柔らかいものだった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
