708 家族の不安 ページ1
──時空最強の力を受け取った十人も、みんなこうして悩んでいたんだ。
ある時は自分の力不足に、またある時は偉人の圧倒的な威容に。決して私だけが、悩みの渦に取り残されているのではないのだ。
肩から力が抜けた。これならほどよい緊張感を胸に、明日を迎えられるだろうと感じた。
「ありがとう、拓人」
私がそう言うと、神童は拳を突き出してきた。私はそれに自分の拳を合わせる。
街灯の下で私たちは、互いのささやかな決意を確かめ合った。
いつもの交差点で別れたあとの私の足取りは、ずっと軽くなっていた。
＊
その日の食卓は、いつもより少しだけ沈鬱としている気がした。
姉がべらべら喋り倒しているのはいつものこと。クロエと私がそれに相槌を打つのも。
向かいに座る父さんと母さんにそれとなく視線をやる。二人は食事を口に運びながらも、何か考え込んでいる様子だった。
「どうしたの？ 父さんも母さんも」
クロエも気づいたのだろう、そう言って野菜炒めを食べる手を一瞬止めた。
二人は顔を上げる。そうして顔を編み合わせ、無言のうちに相談しているようであったが、「上司にいじめられてるの？」というクロエの問いかけに、始めて相好を崩した。
「いじめられてないわよ。そうね……あのねA、こんな時に言うことでもないのかもしれないけど」
「私？」と、水を向けられた私は自分の顔を指さす。
母さんはもう一度だけ父さんの顔を見て、意を決したように口を開いた。
「サッカーは……ずっと、続けたいのよね」
ダイニングが静まり返った。姉も喋るのをやめ、私たちの会話を見守っている。
「もちろん、そのつもりだよ」──そう即答することはできなかった。サッカーが好きという気持ちに嘘はないし、やめるつもりなんてない。
父さんと母さんの顔を見れば、ただ私にサッカーをする意思確認をしたいのでないことくらいはわかった。
毎日夕方遅くに返ってくる私を迎える中で、泥だらけのユニフォームを洗濯する中で、二人はずっと娘のことを心配していたのだ。
今、サッカーは法律で禁止されている状態だから。法律スレスレの日常を送る私に、気が気ではないのだろう。
「サッカーがAにとって大事なのもわかっている。世間がこんな状態になって、残念だとも思う。けど……」
父さんは言いかけて、目を泳がせた。続きの言葉が思いつかないのだろう。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月29日 12時
