667 アイデンティティ ページ10
「……そんなことにはならないよ、大丈夫。おやすみなさい」
私は会話を切り上げて、掛け布団を肩まで被る。クロエはそれ以上何も言ってこなかった。
その夜は深く寝付くことができなかった。言われたことをずっと考えていた。
私はまだまだ未熟だ。だからもっと力が欲しい、と思う。チームの戦力を底上げできるような決定的な力が。
だけどどんなに特訓を重ねても限界はある。ゆえに自分が持つもの──できることを少しずつ差し出していけば、少しは力になれるのではないか。それによって自分自身が傷ついても、私はちっとも苦しくならないだろう。
みんなの中にもこういった思いが少なからずあると思っていた。だけど私のこの考え方は、クロエが指摘した通り、破滅に向かう危険な道に繋がっているのかもしれないと感じ始めた。
＊
神童とは結局、いつも通りに接した。
あの一瞬の出来事を掘り返すのが躊躇われた。神童の方からも何も言わなかったので、自然とそのことはそのままになった。
まだ自分の考えをうまく整理できていなかった、というのもある。こんな風にして解決を先送りにしていくのはよくないのだろうけど。
私は一日だけ休んでから、練習に復帰した。患部は青あざになってしまったけれど、触らない限りは痛くもないし、そのうち元に戻るだろう。
「――あちゃあ、取られちゃった」
「トラップしたら、すぐに反応しなきゃダメだよ？」
「ごめんごめん……ほんと、太陽はよくプレイの流れ見てるやんね〜」
「――青山！ 今のはもう一歩踏み込まなきゃ」
「ごめん……」
「ボールが相手に渡ってから考えるんじゃ、遅いんだ」
「ああ！」
太陽が黄名子に、神童が青山にそれぞれアドバイスをしている。私はその様子を、なんとはなしに見つめていた。
神童は言わずもがなだが、太陽も新雲のキャプテンをしていたのだ。指導力や統率力というものを持っている。チームになくてはならない柱だ。
それに比べると私は、人に教えるという行為があまり得意ではない。かといってみんなを引っ張るような突破力もないし、縁の下の力持ちなのかと聞かれたら微妙なところだ。
──自分が誇れるものは、何もないのではないか。
私は慌ててかぶりを振った。こういう考え方はよくない。沼にはまって、どんどん悪い方へ向かってしまう。
「どうしたの？ 元気ないけど……」
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
