666 その代償 ページ9
人間では考えられない速度で成長していくクロエに、父さんも母さんも変わらず接している。今日だってご飯もデザートも、クロエの分がちゃんと用意されていた。
置かれたカトラリーは、私と同じ大人用のもの。子供用の可愛らしい食器が並ばなくなったのは、多分後漢から帰ってきたあたり。
「けどもう、その改変の力もほとんどなくなってると思う。みんな、私が人間じゃないってことに気付いてるはず。それでも変わらず家族として接してくれるのが、私にはすごく嬉しい。かけがえのない一人の家族なんだよって言ってくれてるみたいで」
クロエがどんな速度で成長しようが、人間じゃなかろうが、それは私たち家族にはあんまり関係のないことなのだった。クロエはA家の一員で、その事実は揺らがない。
「かけがえのない、掛け替えのない……」
クロエは自分で言ったその言葉に何を感じたのか、しばらくそう繰り返していた。
長い沈黙が降りる。車が一台、家の前を通り過ぎていく音が聞こえた。その後には誰かがハイヒールで歩く音がした。
「Aさ、自分がだめになっても代わりがいるって思ってるでしょう」
そうして告げられた言葉に、私は息を抜かれたかのように硬直した。
暗闇の中、クロエと目が合う。その青い瞳に冗談の色はない。こんな風に内面のことを指摘されたのは初めてだった。私はひどく困惑した。
「そんなこと、」
「思ってる。だから今日、神童にあんなことを言った」
「……私はもう、人任せにしたりなんてしない」
「そうじゃない。誰かがやってくれると思ってるからいい加減に行動するんじゃなくて、誰かが後ろで支えてくれるってわかってるから突っ走ってしまう感じ。危険なところへ、どこまでも」
クロエの目に私の姿はそう映っているのだろうか。
そんな行動をしているつもりはないと、内心は否定していた。だけどもっと奥深くの部分では、突っ走ることの何が悪いのだろうかという思いが首をもたげている気がした。
「いつかAが、自分の全部をなげうってでもチームの勝利に貢献するんじゃないかって、そんな気がする。それをみんなは望んでないと思う。Aの破滅を」
破滅という単語をクロエが口にするのは初めてだった。その言葉は私の脳に、深く深く焼き付いた。
言葉を返そうと思ったのに、舌が上顎に張り付いたみたいになって台詞が出てこなかった。クロエに言われたことは全て図星なのかもしれなかった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
