665 生まれたわけ ページ8
「ねえ、今日一緒に寝てもいい？」
その日の夜、寝支度を済ませたクロエが、枕を胸に抱いてそう尋ねてきた。
私はちょっとびっくりして、すぐには言葉を返せなかった。クロエは今も、姉の部屋で寝起きしている。後漢の時に生じた亀裂を引きずっているわけではなく、そうするのがごく自然なものと感じているから。
……最後に同じ部屋で寝たのは、いつだったか。
「一緒のベッドでってことじゃないよ。私は床にお布団しいてそこで寝るから」
私が勘違いしていると思ったのだろう、クロエがそんな言葉を添えてくる。
断る理由もなかったので、もちろん頷いた。クロエは姉の部屋から布団を引きずってきて床に敷いた。
おやすみ、と言ってから、リモコンで電気を消す。いつもみたいに真っ暗にしたけど、少し迷って常夜灯をつけた。クロエが布団の中から話しかけてくる。
「べつに真っ暗にしてもいいのに」
「そう？ でも初めてここで寝た時、怖いから電気消さないでってクロエが言ってたの思い出して」
ちょっとしたいたずら心でそう言ってみたけど、クロエは特に返事をしなかった。私は常夜灯をつけたまま目を閉じた。
九月も下旬に差し掛かったが、まだじっとりとした残暑が続いている。ゆっくりと首を振る扇風機の音だけが小さく部屋に響いていた。
クロエは目を開けたまま、じっと天井を見つめているようだった。
「ずっと、うらやましかったんだ。Aのことが。Aの見る世界が」
そうして私がうつらうつらと眠りの世界に入りかけた時、ぽつりとそう言った。
私は枕に頭をつけたまま、クロエの方を見た。暗い中でも見てもその顔立ちは整っている。解いた長い銀髪が敷布団の上に、まるで天の川のように広がっていた。
「色んな人に愛されてて、色んなことに一生懸命に取り組んでて。 毎日がすごく輝いて見えてた。私も同じものを見て、体験してみたいなって……そう強く思ってたら、こうなった。世にも奇妙な歩く化身に」
──自分が生まれた時のことについて話しているのだ。眠気は自然とどこかに消えていた。私は黙ってクロエの言葉に耳を傾けた。
クロエの口調は淡々としていた。自分のことを客観的に見ながら話しているのだった。
「でもその願いはたぶん、私に肉体が与えられるくらい、そして周りの認識……父さんや母さんの私に対する認知を改変してしまえるくらい強いものだった」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 231人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
