707 拭えない葛藤 ページ50
「もしもし？」
『もしもしA？ 今どこ、まだ帰ってこない？』
「学校で神童と練習してた。今から帰るとこ」
『あ、神童と一緒なんだ。じゃあ安心。純がさ、Aの帰りが遅いって今にも飛び出していきそうで』
そう言うクロエの後ろでは、姉がしきりに私の名を呼ぶ声がしている。
久々にこっちの方で仕事があるとか言って、昨日から姉が家にいるのだった。やかましいことこの上ない。
「Aのことは俺が送っていくよ」
ふと神童が、私の携帯に向かってそう言ったので、私は慌てて顔の前で両手を振った。
「えっ、悪いよ」
「気にするな。俺はちょっとくらい遅くなっても構わない」
『うん、じゃあ悪いんだけどお願いしてもいい？』
「ああ、わかった」
トントン拍子に話を進められ、私たちは結局帰路を共にすることになった。
肩に鞄をかけながら、私は神童の顔を覗き込む。
「なんかごめんね。クロエも姉も心配性だから」
「気にしないでくれ、日が暮れるのも少しずつ早くなってきているからな。それに……Aと少しでも一緒に居られて嬉しいよ」
真っすぐな言葉に、私はあたふたしてしまった。それを見た神童は柔らかく笑った。
夜の住宅街はしんとしていた。どこかでスズムシの声がする。その鳴き声を聞いて、ようやく秋がやってくるのだと感じた。
「不安か？」
歩きながら神童がそう声をかけてきた。
きっと表情に出ていたのだろう。私は前に視線を向けたまま頷いた。
「みんながいてくれるってわかってるんだけど、それでもやっぱり不安になっちゃう。こんなこと言ったら、メンバーのこと信じてないみたいに思われるかもなんだけど……」
「不安になるのは当たり前だ。それだけ重要な役割を任せられているってことなんだから」
思わぬ言葉に、私は神童の顔を見た。神童は街灯の下で立ち止まる。その端正な顔が、白く浮かび上がった。
「けど、どんなに悩んだとしても、最後には『やるしかない』っていう結論に落ち着くと思う。俺たちは全力でバックアップするけど、最終的に卑弥呼のオーラを受け取るのはAだ。その時の思いの強さが、ミキシマックスの成功に繋がるはずだ」
──風が吹いたと思ったけど、不思議なことに私の髪の毛は一切なびかなかった。それは私の心の中に吹いた風だった。
そうして、なんでこんなことに今まで気づかなかったのだろうと、自分の手のひらを見つめた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 232人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
