691 熱い頬 ページ34
──どうしてあの時、あんなことができたのだろう。
私は考えた。だけど本当は考えるまでもなく、答えが頭の中に浮かんでいた。
「何も、ないから。私には」
クロエが小さく息を呑んだ。
口に出してしまうと、それはより実体のある事実となって私に降りかかってくるように感じられた。
私は無力だ。いっちょまえにユニフォームを着て走ってはいるが、大したことは何もできていない。
「こういう時にしか、チームの役に立てないから」
小さな声で呟いたつもりだったが、私の言葉は、しんと静まり返った木立の中に大きく響いた。
クロエは口を開きかけては閉じた。そうして唇を噛んで私のことをじっと見る。その責めるような視線に耐えられなくなって、私は目を逸らした。
──瞬間、乾いた音がして、左頬に熱が走った。視界が右にぶれ、そこに座っていた神童と目が合った。
「自分には何もないって、次そんなこと言ったら今度はグーで殴るから！」
震え気味の声が聞こえてきてようやく、私は自分が平手打ちされたことに気が付いた。
クロエは突き飛ばすように手を離し、その場から立ち去っていく。剣城は私に一瞬視線をやった後、クロエの後を追いかけていった。
誰も何も言わなかった。私はぶたれた左頬に手を当て、茫洋とした目線を芝生に投げかけていた。
「ごめん、Aちゃん……私がどんくさかったから……」
茜にそう声をかけられて我に返る。
「ううん、謝らないで」と言って微笑んでみたけど、うまく笑えているかはわからなかった。
「さあ、出発だ！」
アーサー王の声が聞こえた。王は私たちのやり取りを見ていなかったのか、それとも見ていたけどあえて触れなかったのか。
みんなは私の方を気にしつつ腰を上げた。
しばらく歩を進めた時、隣を歩いていた神童が、確かな口調でこう言った。
「俺たちは──Aのプレーに、言葉に、いつも助けられている。Aの広い視野と的確なボールさばきは、チームになくてはならないものだ。いざという時の決断力だって、勇気がなければできない。俺たちはAのことを、いつも頼りにしているんだ」
そのことを忘れないでくれ。神童はそう締めくくり、前を向いて歩いた。
私は前の方を歩いているクロエに視線をやる。クロエは一度も私の方を振り返ることなく、黙って歩を進めていた。
左頬が、今になってじんじんと痛み始めた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
