690 犠牲の心 ページ33
「燃えていない……？ あの業火の中を突っ切ったのに……」
言われて、私は自分の身体を確認する。
服にも顔にも、火傷どころか煤ひとつついていなかった。あれだけ燃え盛っていた炎は、私の身体に一切燃え移らなかったのだ。
おとぎ話の世界、だからだろうか。しかし炎は本当に熱かった。触れればきっと火傷を負っただろう。
太陽の言葉に、私は何も返すことができなかった。
私たちは少し進んだ先にある木陰で、短い休息を取ることにした。
芝生に各々腰を下ろし、疲れた足を休める。私も麻袋に入っていた水を飲んだ。
「本当に、大丈夫だったのか……？」
隣に座った神童がそう声をかけてくる。
自分の目で見た光景が信じられない、と言いたげな顔だった。確かに私自身も、なんであんな芸当ができたのかわからない。
「うん……なんともない。とにかくみんなが無事でよかった──」
「なんであんなことしたの」
影が降りた。見ればクロエが太陽を背に立っていて、私のことを見下ろしていた。
逆光になっていて表情はよくわからない。けれどその綺麗な声は、今までに聞いたことがないくらい低く、そしてはっきりとわかるほどの怒気を孕んでいた。
「なんであんな、自分の身を顧みない行動をしたかって聞いてるの。たまたま無傷で済んだから今こうしていられるけど、普通だったら大やけどしてたよ」
何も言えないでいる私に、クロエが畳みかける。
私は視線を右往左往させた。意味もなく麻袋を弄んだり、ヘッドドレスに手を当てたりする。
「それ、は……」
「見ているこっちがどれだけ肝を潰したかわかってる？！ A、神童と約束してたでしょう──危ない時は自分の身を守ることを優先するって！ それを忘れたの？！」
クロエの大声に、他のみんなもぎょっとしてこちらを見た。
何か言わないといけない、と思った。だけど断片的な単語すら頭に浮かばなかった。クロエにこうして詰め寄られたのは初めてのことだったから、余計に混乱してしまった。
「ねえ、どうして？ どうしていつも自分を削って誰かを助けようとするの？！ それで周りのみんなが悲しむってこと、ちょっと考えたらわかるでしょう？！」
クロエの手が伸びてくる。胸倉を掴まれ、腰が少しだけ浮いた。
剣城が数歩近づいてきて、クロエの名を呼んだ。落ち着かせようとしてくれているのだろうけど、クロエは私から視線を離さなかった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
