689 紅蓮の炎は ページ32
炎は悪魔の赤い舌の如く、私たちを嘗め回そうと迫る。額や背中がじっとりと汗ばんできた。酸素が奪われ、呼吸が苦しくなってくる。
立ち往生する私たちを先導したのはアーサー王。エクスカリバーが振り下ろされると、その衝撃で炎が割れた。
「私に続け！」
王の後ろを、私たちは全力で駆けた。
素肌が出ているところはひりひりと焼けるように、服に守られているところもじわじわと蒸されるように熱い。騎士に課される試練と言うのは、あまりにも過酷だ。
「あっ……」
もう少しで抜けられる、そう思った時、最後尾を走っていた茜の短い悲鳴が上がった。
振り向けば、茜は地面に落としてしまったらしい絵本を拾っている。
そして次の瞬間──茜と私たちは分断された。炎が無情にも勢いを増したのだ。
「茜っ！」
茜はおろおろと、数歩後ずさる。その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
「どど、どうしましょう？！」
「こんな炎、おいらがひとっ跳びして──うわ、あちちっ！」
みんながあたふたするのを視界の端に捉えた、次の瞬間。
世界から音が消えた。火の粉が爆ぜる音も、話し声も、何も耳に入らなくなった。
ここで茜を助け出せるのは私しかいない──そんな強迫観念にも似た思いが、一挙に私の胸中を満たした。
炎の揺らめきが脅威ではなくなった。それはむしろ、私自身の中から発せられているかのように感じられた。
「A？！」
クロエが私の名を叫んだ時には、私は既に炎の中を突っ切っていた。
第三者が勝手に私の身体を動かしているんじゃないかと思ったけど、意識ははっきりあって、やっぱりこれは自分の意志での行動なのだと感じた。
焼け死ぬかもしれないということは考えなかった。私なら絶対に焼かれないで済むだろうという確信があったから。
茜の腕を掴み、そのまま来た道を駆け戻る。そうして炎を抜けて、勢い余った私の身体は地面に転がった。
「A、山菜！」
「大丈夫ですか？！」
周りにみんなが集まってくる。身を起こした私は大きく息をついた。
そうして茜が無傷なのを確認して、胸を撫でおろす。茜は私の腕に縋り付くようにして言った。
「あ、ありがとうAちゃん……」
無事でよかった。私はそう呟くと、そっと茜の肩を抱いた。
その様子を後ろで見ていた太陽が息を呑む気配があった。太陽は半ば独り言のように口を開いた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
