686 蘇る聖剣 ページ29
「うわあっ？！」
湖を覗き込んでいた天馬が、後ろに仰け反った。
みんなからも驚愕の悲鳴が上がる。いつの間にかそこには、妖精の格好をした茜がいた。背中には羽まで生えている。
「私は妖精ビビアン」
その腕の中には絵本があった。「茜が持っててくれたんだ」と、隣でクロエが呟く。
「葵は姫君、Aとクロエはメイド、茜は妖精、そんであたしだけ御者かよ……」
後ろの方では水鳥がぶつくさ言っていた。できるだけ反感を買わないよう、私は今だけ水鳥と目を合わせないように努める。
「では、エクスカリバーを蘇らせてくれ」
「はい」
アーサー王の言葉に頷いた茜は湖に向き直る。そうしてその場でぴょんぴょんとジャンプしていたが諦め──恐らく飛ぼうとしていたのだろう──両手をゆっくり前に向けた。
「『ナオーレ・エクスカリカリバー』！」
「なんだそのヘンテコな呪文は……」
本当に大丈夫なのか。そんな水鳥の呟きが漏れた直後。
湖からひとりでにエクスカリバーが浮かび上がった。錆びついた剣に、黄金の光が収束していく。非現実的な光景に、私たちは言葉も目も奪われた。
そうして光が晴れると──そこには白銀に煌めく剣があった。刀身自体が薄く発光しているかのようで、それはまさに聖剣に相応しい姿だった。
エクスカリバーは王の手元へ戻っていく。その柄をしっかりと握りしめて、王は茜に言った。
「礼を言う、ビビアン。これでマスタードラゴンと戦える！」
「よかった」
そうして茜は当然のように私たちに着いてきた。「面白そう、私も行く」と言って。
＊
そこから一時間ほど進むと、道は険しい岩場にさしかかった。
馬にこの悪路を走らせるのは酷だろうということで、馬車は峠道の手前に置いて、全員で歩くことにした。
しかしここからが辛かった。人の手が入っていない道は、一歩を踏み出すごとに私たちの体力を奪っていく。
ただでさえ動きづらいメイド服が、汗を吸ってさらに重くなってきているように感じられる。大きすぎるんじゃないかと思われる太陽が、地面に蜻蛉を浮かび上がらせていた。
「洞窟までは、まだ遠いんか？」
「足が痛くなってきたぜ……」
「うう……頭がクラクラします」
みんなの口からも、それぞれに不平が漏れ始める。「だらしないぞ！」と鼓舞しようとしたトーブも、腹の虫が盛大に鳴ったことによって気落ちしてしまったみたいだった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
