671 物語の世界へ ページ14
でも、と言いよどむ神童の胸の内を察したのだろう、アルノ博士がブイサインを出した。
「心配するな、タイムキャラバンは改良しておいた。タイムジャンプ推進装置に増設ユニットを取り付けて、定員を増やしたのじゃ！」
──やはり『博士』というだけあって、そのくらいの細工はお手の物のようだ。
目標が決まったところで、私たちは急いで準備をした。必要なものを鞄に詰め込んでキャラバンに急ぐ。
「A！」
クロエとサッカー棟を出たところで、神童に呼び止められた。
神童はちょっと迷ってから、私にこう言った。
「その……試合中でもそうでない時も、危ないと思ったら自分の身の安全を優先してほしい。Aが怪我をするのは、もう見たくないから」
──右足の傷が疼いた、気がした。
私が神童の立場だったら、と考える。好きな相手が傷つくのなんて嫌だ。白亜紀でのあの時の行動が間違いだったとは思わないけど、自分の何もかもをうっちゃる必要はないのだ。
恋人を心配させまいと、私は頷く。
「わかった。勇気をもって行動するのとただ無鉄砲なのとは、違うもんね」
神童は安心したように微笑んでくれた。
私たち二人のやり取りを、クロエは黙って聞いていた。
錦に急かされ、私たちはキャラバンに乗り込む。
＊
タイムワープ中のキャラバン内。座席前方では、マネージャー陣が本の中身に思いを馳せていた。
「アーサー王物語の世界か……」
「本当に行けるなんて、まだ信じられねえよ」
「ドキドキする」
「茜は呑気でいいよな……」
本の世界に行けたらいいのにな──幼いころにそう考えたことは、誰しもあるはずだ。だけど実際にそれを実現できるなんて、なんだか不思議な気がした。
「でも、大丈夫かな。今までの旅とはわけが違うし……」
「結末はわかってるわけでしょう？」
「心配することないんじゃないですか」
私の呟きに対する狩屋と影山の言葉を受け、クロエが手に持っていた本の最後のページを開いた。
「『マスタードラゴンの呪いは解かれ、かくして王国には平和が戻ったのであった』……」
その部分を声に出して読み上げる。よくあるおとぎ話の、大団円の終わり方だ。若者たちは円卓の騎士として伝説になり、世界には平和が訪れる。
まあ、行ったら行ったでいい経験にはなるのかもしれない。やることは今までの旅と変わらないわけだし。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 231人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年9月2日 11時
