650 大きくなる背中 ページ43
「べつに思わないよ、私化身だし。私がプレーしたら、Aが化身つかえなくなるじゃん」
「あ……まあ、それを言われるとそうなんだけど」
クロエは「でしょ」と頷く。
自分は化身だから──そう言ったクロエの声色に、自虐的な色はなかった。自明の事実を口にしているような感じだった。
クロエは人間に生まれたかったと思っているのだろうか。そのあたりの思いは打ち明けられたことがないからわからないけれど。
「でも、たまにサッカーするのはすごい楽しい。ジャンヌの時代でのミニゲームとか」
「ミニゲーム？」
神童が首を傾げた。クロエはシノン城でのことを言っているのだが、神童はそれに同行しなかったので知らないのだ。
クロエは身振り手振りを交えてその時のことを説明した。謁見の間に行ったジャンヌと霧野を待つ間に練習をしようとしたら、いきなり男が乱入してきたこと。その人こそが実はシャルル王子その人で、どうりで態度が尊大なわけだ、と。
神童は表情をくるくると変えながら話を聞いていた。二人の会話を聞く私の頬も自然と緩む。
戦国の日本に中世のフランス、古代の中国……私たちは今まで壮大な旅をしてきたのだな、と思った。
出会った人たちは、それぞれの時代で元気にやっているだろうか。
クロエはしばらく喋ってから、はたと気づいたように「じゃましちゃったね」と言って立ち上がった。
その「邪魔」が、特訓を邪魔したということなのか、私たちの仲を邪魔したということなのかはわからない。
「じゃ、先に戻るね。ごはんの用意できるとおもうから、あと一時間後ぐらいにはもどってきてね」
クロエはすたすたと立ち去っていく。恐竜が出没するかもしれない道を一人で歩いて大丈夫かとも思ったが、ここからトーブの家まではさほど離れていないし、大丈夫だろうと思い直す。
「変わったな、クロエ」
小さくなっていく銀髪の後ろ姿を見送りながら、神童がそう言った。私は目を瞬かせる。
「変わった？」
「見た目が成長してるのもそうなんだが、喋り方とか雰囲気とか……ああ、Aに似てきた感じがする」
それは私の化身だから、ということなのだろうか。それとも単に私のことを真似しているだけか。
言われるまで気付かなかった。クロエの姿は草木に紛れて見えなくなった。
「ずっと一緒にいるのに、わかんなかったな」
「近くにいるからこそ、気づけないこともあるさ」
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
