638 灯火が潰える時 ページ31
私たちはそれからデスホーンを翻弄するようにパスを繋ぎ、時折来る攻撃をかいくぐった。
尻尾の下を、角の先を、紙一重で回避する。命がいくつあっても足りないが、ただ一つの命を我が子に繋ごうとしているロックスターを、何としても守らなければならない。
「神童！」
錦から受け取ったボールを神童に回す。パスは狙い通りの軌道を描いて神童の足元に吸い付いた。
「『フォルテシモ』！」
必殺技がデスホーンの顔面に命中する。その喉の奥から、絞り上げるような唸り声が響いた。
──やったか。そう思ったが、サッカーボールの威力では恐竜を倒すことはできなかった。
体勢を立て直したデスホーンは、ビッグに目をつける。そうして一直線に突進し始めた。
「ビッグ！」
信助の叫びがこだまする。この距離ではどんなに頑張ってパスを繋いでも間に合わない。
万事休すの文字が頭に浮かんだその瞬間、ビッグの前にロックスターが割り込んで攻撃を食い止めた。
ロックスターはデスホーンの身体を投げ飛ばした。勝負ありだ。
「やった！」
「ロックスター強ぇー……！」
天馬と狩屋がガッツポーズで喜ぶ。
デスホーンはこちらに背を向けて去っていった。それと同時、ロックスターの身体が地に伏した。
「ロックスター！」
ビッグとトーブが傍に駆け寄る。ビッグは目に涙を溜め、何度もロックスターに呼びかけた。信じられない、信じたくないと言うように。
「今の一撃で、力を使い果たしたか……」
「しっかりするやんね、ロックスター！」
神童が冷静に、黄名子が震える声で言った。私は爪が白くなるくらい強く拳を握り締めながら、倒れた巨竜を見つめていた。
ロックスターはトーブに何か伝えた。トーブはそれに「がお」と短く頷く。
最後に、視界に我が子を映し──獣の谷の主は、目を閉じた。そうしてぴくりとも動かなくなった。
一つの命が終わる瞬間を、初めて目の当たりにした。
思えば今まで死に直面しなかったのは奇跡だったのかもしれない。戦乱の世に赴いた時も、血を見ることはなかった。それは幸せなことだったのだ。
目の前に横たわる事実はあまりにも凄惨で、無情だった。
「こんなの、可哀想だよ……」
「仕方ないぞ。万物の掟だ」
信助の嘆きに、トーブは先ほどと同じ言葉を使った。
その視線は真っすぐロックスターに注がれている。残された遺志を己の中に刻み付けるように。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 218人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
