611 己の生を ページ4
と。隣にいたクロエが突然駆け出した。
慌ててその後を追う。クロエの向かった先にいたのは、沖田さんと剣城だった。
「感謝します──貴方の力を借りることで、俺たちは大切なものを守るために戦えます」
剣城が言って、頭を下げる。
対する沖田さんは、憑き物が落ちたような、どこか晴れやかな顔をしていた。
「こんな俺の力が役に立つというのか……いや、むしろ礼を言いたいのはこっちの方だ。
今の幕府が腐りきっていたことはわかっていた。その幕府を守ろうと……自分の生きた証を残そうと、焦っていたのかもしれないな」
遥か遠くの峰を見るような穏やかな瞳で、沖田さんは言った。
幕府の辿る運命を、この人は薄々知っていたのだ。それでもその事実を認めることができず、自分の存在証明のために抗い続けていた。
「自分は生きていると、自分自身が実感できるか──それが大切なのだということに、君たちに出会って気付けた。ずっと忘れていた気持ちだ」
沖田さんのその言葉は、クロエの心に灯火をもたらしたようだった。青い瞳が一瞬見開かれる。
そうして背伸びをするように、勢い込んで尋ねた。
「それって嬉しい？ つらいことがあっても、生きてるって実感できたら、がんばろうってなれる？」
沖田さんは屈んでクロエと視線を合わせ、頷く。
「人生の道は平坦ではない。時に躓き、挫けそうになることもあるだろう。だけど辛い経験も、時を経れば必ず己の血肉となる。
俺は己の生を全うできたと胸を張って言えるように、これからの日々を過ごすつもりだ。俺の力が、君たちのような若者の未来を少しでも実りあるものにできるのなら、それ以上に嬉しいことはない」
秋の爽やかな風が、地面に散っていた紅葉を巻き上げていく。
この時代に来る前よりまた少し大きくなったクロエは、どこか安堵したように微笑んだのだった。
＊
こうして私たちは、幕末の時代を後にした。
ワームホールを抜けて雷門中へ。夕日が世界を橙色に染めている。
キャラバンから降りた私は、数歩進んでから振り向いた。
「帰ろう、クロエ」
クロエはちょっと笑って頷く。
私たちはもう、並んで歩くときに手を繋いだりはしないだろう。二人の間には解けない絆があるから。孔明さんが最後に私に言った言葉の意味が、今ならわかる。
ふと空を見上げる。北の方角に、星が二つ並んで光っているのが見えた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
