636 託す思い ページ29
「弱ってる？」
クロエが指摘した通りだった。吐く息は忙しく、生気といったものがあまり感じられない。
さっきの剣城のデスドロップが効きすぎたのかとも思ったが、違った。
「自分はもう長くない、って言ってる」
ロックスターの言葉を翻訳したトーブの言葉に、私たちは息を呑んだ。
──死。それはすべての生物に平等に訪れるもの。頭ではわかっているのだが、目の前でロックスターの命の灯火が消えかかっているのだと知ると、どうしようもない虚無感が胸中を支配した。
クロエは黙ってロックスターを見つめていた。無意識だろうか、その右手は胸のペンダントに伸びている。ワンダバスイッチで衣装チェンジをしても、そのペンダントは外されずにいつもクロエの胸にあった。
「なんとかならないの？！」
「仕方ない。生き物は、みんなそうやって死んでいくんだ。それが万物の掟だ」
信助の悲痛な叫びに、トーブはきっぱりと言い切った。
そのどこか決然とした顔を見た私は、やはりトーブは過酷な世界を生きてきたのだとわかった。常に死と隣り合わせの中、これまでに何度も友人を亡くし、看取ってきたのかもしれない。
私たちと同年代の少年の面影が、どこか達観したもののように見えた。
ロックスターが再び唸る。トーブはその短い囁きの糸を汲み取り、頷いた。
「……ん、ビッグのことか？ わかってるぞ！」
ビッグ。新たに出てきた名前に、私たちは首を傾げた。
それと同時──ぴい、と。洞窟の方からそんなか細い声がした。
目を向ければ、岩場の陰に小さな──といってもそれはロックスターと比べればということで、私たちと同じくらいの背丈があった──恐竜がいた。
「あっ、恐竜の子供……！」
「アイツがビッグ。ロックスターの子供だぞ」
青い身体にくりくりとした丸い目を持ったビッグは、ロックスターの元に駆け寄って鼻先を摺り寄せる。それに応えるロックスターは、我が子に弱々しい姿を見せまいとしているかのようだった。
「ロックスターはビッグのことを一人前にするために頑張ってたんだ。でも最後まで育てられそうになくて、心配だって言ってる」
一人前。ロックスターはビッグに、獣の谷を守れるほどの力をつけさせたかったのだろう。自分がいなくなっても大丈夫なように。
だけどそれは叶わない。現実はロックスターのささやかな願いを、許してはくれなかったようだ。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
