632 貴方がいい ページ25
剣城は相槌を打ったり打たなかったりしながら話を聞いていた。クロエはこんなにもすらすらと言葉を話せるようになったのだ、と思った。見た目も十二歳ほどに成長しただろうか、少女への階段を上り始めている。
「ランスロットはね」
最後にクロエは、剣城の化身の名を挙げた。クロエは剣城の目をまっすぐ見つめながら、
「寡黙だけど仲間思いの、優しい騎士」
口にした。
──こいつは化身を通して、俺のことを言っているのだ。剣城はそう感じた。
わからない。この少女はどうしてこんなに健気にも、自分について回るのか。
「……俺といたって何も面白くないだろ。それに俺は、お前に気に入られるようなことは何もしてないぞ」
剣城は虚空に視線を投げながら言った。会話としては噛み合っていなかったが、クロエは意図を汲み取ったようだった。
「何かしてもらったからとかじゃなくて、私がいっしょにいたいと思うから剣城といるんだよ」
その言葉は剣城を動揺させた。顔にこそ出さなかったが、戸惑いを悟られないようにクロエから目を背ける。
こういう時、神童なら何か気の利いたことを言えるのだろうなと想像する。けれど剣城は十秒ほどの間を置いてから、「そうか」とだけ言うのが精いっぱいだった。
クロエはやがて自分の両膝の間に顔を埋めた。あまりにそっけない返事をされて泣いているのかと思ったが、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
剣城は溜息をついてクロエの手を取り、その身体を背負った。揺り動かされても少女は目を覚まさない。疲れがたまっていたのだろう。
──いっしょにいたい、か。
心臓を指先で撫でられたような、こそばゆい感覚があった。背中にクロエの体温を感じながら、剣城は月明りだけが照らす道を歩いた。
＊
「起きろー！ ロックスターに会いに行くぞ！」
翌日はトーブの大声で起こされた。
目を擦りながら上体を起こす。地面の上に薄い葉を敷いただけのところで眠ったので、身体の節々が痛んだ。
「泥だらけ」
と。茜がそう言ってきて、私は初めて自分の身体を見る。髪も服も汚れてしまっていた。昨夜は暗くて気づかなかったが、歩いた時に土がついてしまっていたようだ。クロエと黄名子も同じような格好になっていた。
「三人とも、随分寝相悪いんだな」
水鳥の言葉に、私たちは肩を竦めてひそかに笑い合った。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
