630 同じ空の下 ページ23
二人のプレーは、まだ終わる気配を見せない。
天馬がスライディングで、フェイからボールを奪った。泥だらけになったフェイはそれでもすぐに立ち上がり、ボールを取り返しに行く。
「ねえ、人を好きになるって、どんな感じ？」
投げかけられた声が、冬の湖面を彷彿とさせるほど静かなものだったので、私は思わず聞き返してしまった。
かつての私は同じ問いを、五十嵐先生──神童のピアノの先生であり姉の夫でもある人──にしたことがあった。神童に対しての恋心をはっきりと自覚したときに。
先生から返ってきた答えは「感覚を共有する感じ」というものだった。
だけど私の言葉で説明するなら……「好きの定義」は、五十嵐先生のとは少しだけ形を変える。
「私の場合だったら……ふとした時に、その人のことを思い浮かべてる。サッカーしてる時とかバイオリンしてる時、ご飯食べてる時とかも。神童は今何してるのかなって、自然と思ってるの。そんな時に、ああ私は神童のことが好きなんだなって自覚する」
携帯に新着メッセージが来ていないか気にする。買い物に行って商品を見た時、これは神童が好きそうなやつかもしれないと思いを巡らせる。他にも挙げたらキリがない。
そんな風に、日常にごく自然に相手が滑り込んでくる。それが人を好きになることなのかもしれなかった。
「なんかいいやんね、そういうの。うちも……いつかこの先出会った人に、そんな思いを抱けるかな」
「その人が黄名子にとって大切だと思える存在なら、きっと」
黄名子は明るくて可愛くて、いつでも真っすぐだ。その朗らかさを見初めてくれる人と一緒になれたら、私にとってもそれ以上嬉しいことはない。
私がそう言うと、黄名子は嬉しそうに笑ったのだった。
＊
時刻を同じくして。トーブの家から五分ほど、西へ向かって歩いた場所。
クロエは生い茂る草の中に身を隠すようにしてうずくまり、虚空を見つめていた。月明かりだけが照らす世界は、神秘的な静謐さをたたえていた。
自分の手のひらに視線を移す。大きくなったな、と思う。生まれたての時は本当に頼りない体をしていた。
ここまで成長できたのは、色んな経験を重ねてきたから。そうして、隣に仲間たちが、Aがいてくれたからだ。
これから先、自分がいつまでこの姿を保てるのかはわからないが……悔いのない日々を送っていきたい。沖田さんが言っていたように。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
