626 人の子の親 ページ19
「こんなところに一人で住んでるんだ……」
「一人？ 父ちゃんならいるぞ」
何気ない私の呟きに、トーブがそう返した。
私たちは今日何度目かの驚愕を覚える。お父さん……トーブ以外に人間がいるのか。この白亜紀の時代に。
「とーちゃーん！ ただいまー！」
トーブは虚空に向かって呼びかけた。
次の瞬間、私たちを突風が襲う。前髪が巻き上げられ、咄嗟に顔を腕で覆った。
そうして風が止み、目を開けた私たちは絶句する。そこにいたのは、
「これがおらの父ちゃんだ！」
──赤い身体の、翼竜だった。
「ケツァルコアトルス」だ！ と、信助が前に出る。それに呼応するかのように、翼竜はひと鳴きした。
「ケ、ケツが割れとるっす？」
「ケツァルコアトルスだ」
錦が言うのを神童が訂正している。
──もうこの先、滅多なことがあっても驚かないだろう。そう思える自信があった。
＊
それから私たちは晩御飯をご馳走になった。
目の前に並ぶのは、スープのようなものとお肉、キノコ、果実、そして鶏卵より二回りほど大きい、何かの卵。
手を付けるのを躊躇する私たちに、トーブは口の端にスープをつけたまま言った。
「食え！ うめえぞ、トンマ！」
「天馬だよ……あ、ありがとう」
「お、いい食いっぷりだなアロエ！ おめえなかなか見どころあるぞ」
「クロエ」
唯一クロエだけが、料理をもりもりと口に運んでいた。そうだ、食い意地でクロエの右に出るものはいなかったのだった。
「どう、美味しい……？」
「うん、いける」
クロエはこちらを一瞥もせず、食べる速度を一切緩めないで言った。
その姿に促されたのか、一人また一人と料理に手を伸ばしていく。
私も恐る恐るスープを一口飲んでみた。美味しい。ちょっと味は濃いけれど。
そうして私たちは結局、たくさん歩いてお腹がすいていたこともあり、料理を完食した。慣れないものを食べてお腹を壊すことはあるかもしれないが、まさか死ぬなんてことにはならないだろう。
「ぐー、食った食った！」と、トーブは満足そうにお腹をさすっている。タイミングを見計らい、神童がみんなを代表して口を開いた。
「トーブ、君はどうしてここにいるんだ？」
「どうして？ どうしてって……どうしてだ？」
「君は人間だろ？ 本来ならこの時代にいるべき存在じゃない」
この時代に完璧に適応してみせているトーブだが、その存在自体はそもそも異質なのだった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2023年8月1日 10時
