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最初は私の手首をやんわりと掴んで反抗しようとしていた相川君だが、思いの外気持ち良かったのか目を閉じてじっとされるがまま、その場から動かなくなってしまった。あ、この体勢わりと辛いから屈んでくれたら嬉しいな………。
(可愛らしいその姿をまだ見ていたいから、
……もうちょっとだけ、このままでもいいですか…？)
…なんて、らしくもない事を考えながら、名残惜しくもタオルから手を離した。
そっとその長い睫毛に覆われた瞳を開けた相川君は自然な流れで毛先を摘むと、微かに桃色に染まった頬を緩めた。
「…ありがとう。」
そんな彼の一言で、物凄い勢いで自身の頬にも朱が注がれていくのを感じる。私は彼にそれが気付かれないように、視線を下げた。
「…や、別に…私のせいだから…！！」
「いやいや、それはないよ！！」
「そーだから！もう、これ返すからね！！」
そう言って、彼から借りていた紺色の折り畳み傘を押し付けるが、彼は頑なに受け取らない。「Aさんが使って。」の一点張りだった。けど、私だってこの傘の持ち主である相川君が濡れているというのに、私が優雅に他人の傘を使って帰れる訳がないじゃないか…！！
そのまま、数分傘を押し付け合っていると、流石に周りの目が痛いというか、何やってるんだろう、と恥ずかしくなってきて、相川君も同じ事を思ったのか次第に二人揃って黙り込んでしまった。
どうしようか、とちらりと相川君に目を向ければ、彼もこちらを見ていたようで目が合ってしまう。いつもの彼なら直ぐに逸らすのに、何故か今だけはその瞳に私を映したまま真っ直ぐにこちらを見つめ続けていた。
「…ねぇ、一緒に帰ろっか。」
「………うん。」
そう短く返事をすれば、相川君は傘を広げた。小さな傘だから、私が両手で鞄を抱えて入ってもやっぱり二人分は収まり切らなくて、逆側の肩は雨に打たれてしまっていた。一方、相川君はもう身体の半分は傘からはみ出してしまっている状態だ。
もっと、二人が距離を詰めればもう少しは雨を防げるのだろうけど、この10センチの距離を詰めるには、まだ勇気が足りなくて。
(……告白まで、あと一年、
呼び捨てになるまで、あと一ヶ月、
席が隣になるまで、あと一週間、
この雨が止むまで、あと一時間、
……君への恋心を自覚するまで、あと一秒。)
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