＊ ページ20
「えっと…軽音楽部だっけ？……その、凄いね。楽器とかリコーダー位しか出来ないから、大きい楽器弾けるの凄くカッコいいなぁって、思う。」
「…そ、かな。」
ザァアアアと雨音が響く中、驚く程会話が続かない私と相川君。
(…なんか、気まずい…。)
この沈黙がどうも耐えられなくて、私は再び雨が降り注いでいる地面へと身体を向けた。
「…じゃあ、また明日ね。」
依然として土砂降りである事に変わりは無いが、雨宿りをしたところで止むとも思えないし、時間を無駄にする位なら、びしょ濡れになってでも早く帰宅して、お風呂に入る時間に充てる方が賢明だろう。
「っあ、待って…！」
背を向けた私の袖先をちょこんと摘んだ彼は、俯いたまま逆の手で強く握り締めながら紺色の折り畳み傘を差し出してきた。
顔はよく見えなかったが、林檎みたいに真っ赤に染まった彼の耳がはらりと落ちる艶やかな髪の隙間から覗く。
「あの、これ…良かったら、使って？」
「…え、でも相川君は？」
「親が迎えに来るから、使わないの。
…僕は要らないから、ね、使って？」
半ば強引に押し付けられたその折り畳み傘を受け取ると、お礼を言う間もなく相川君は忙しなく校舎内へと戻っていってしまった。
手の中に収まる紺色の折り畳み傘に視線を落として、自然と頬が緩むのを感じる。
(返す時に、ちゃんとお礼言わなきゃな。)
傘を広げてみると思ってたよりも小さめなサイズで、鞄は気を配らないと雨に濡れてしまうだろうし、所々痛んでいて新品では無いという事は一目瞭然だった。
…けど、
(寝坊も、居残りも、雨も、
…たまには悪くはないかな……なんて単純過ぎるのかな。)
どんよりとした天気とは裏腹に、私の足取りは軽いものだった。
…ビニール傘はもう要らないけど、やっぱりコンビニに寄って、傘を貸してくれたお礼に相川君にお菓子でも買って帰ろう。
(相川君、甘いもの好きかな…？)
クラスメイトの男の子から傘を貸して貰っただけ、ただそれだけの事。たったそれだけの事で浮き足立つ私は相当な単純馬鹿なのかもしれない。
彼はきっと誰にでもそうしただろうし、特段深い意味なんてものはないだろうに。
それでも、いつもよりも少し早く鼓動する心臓の音が心地良いと思ってしまう位には、君のそんな何気無い優しさに期待してしまっているのかもしれない。
(…期待してる？何を？)
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