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「ゆっくりでええよ」
「ん……」
考え抜いた挙句、俺の出した答えは中庭にあった。
車椅子で初めて向かう中庭は、平日の昼間だからか誰もいなかった。
Aの冷たい手を握りながら、陽のあたる場所へと誘導する。Aが自然光を浴びるのは、10年以上振りなんだとか。
「……あったかいね、坂田くん」
「あったかいなぁ、」
目を細めながら、めいっぱいの笑顔でそう言った。
車椅子から立ち上がり、俺に向かい合って立つA。久しぶりに感じる風が、細い髪を揺らしていた。
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全てがスローモーションのようだった。
Aは俺の肩に体重を委ね、ふらりと倒れ込んできた。俺は咄嗟に、腰を支える。はらりと綺麗な茶髪が太陽の光にあたり美しく輝く。それとは裏腹にAの呼吸は荒くなる______
「A…!!?」
「さかた…く、……こんな私を、最期まで」
「そんなん言うたらあかん!死ぬな!」
必死に肩を揺すった感覚は、今でもはっきり覚えてる。太陽の暖かさでほんのり温もりを含んだ頬を両手で包んだ。
「だい、すき……」
「起きろ!目覚ませ!!」
最後の願いは、
「キスして」
はっきりと、そう言った。
自然光で弱り、呼吸が浅くなっていくAの肩を包み込み、涙をそっと拭ってやる。長いまつ毛が頬に影を作る。春終わりの気温で手が温かくなる。……彼女にとって、最初で最後の感覚だ。
口付けは、甘かった。
甘くて苦くてしょっぱくて、感情も何もかもぐちゃぐちゃだった。
俺だってさすがに馬鹿じゃない。
自分の恋心には気がついていた。
______皮肉にも、彼女の死は、恋が実った瞬間でもあった。
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なのなの-VII(プロフ) - 以前から気になっていたのですが、時間がなく、やっと拝見させていただくことができました。私の少ない語彙力では、気持ちを全て伝えることができないことが悔しいです。なので、一言だけ。とても、素晴らしかったです。 (2019年12月9日 23時) (レス) id: 3d69e77dfd (このIDを非表示/違反報告)
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