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「わざわざいいのに」
言いながら彼はひと口含んだ。白い喉がゆっくり動くのを見る私に、「でもありがとう」と付け加える。私は声には出さず、気にしないでと首を振った。10分ほど無言が続いて、次々目の前を過ぎていく電車を眺める。電車のドアに飲み込まれていく人の数は徐々に減っていった。終電まであと十数分。そこでようやく話しかける。
「……タクシー乗り場まで一緒に行こうか？」
「いや、いい。普通に電車で帰る」
「でも」
「俺はあとちょっとだけ休むし先帰ってていいよ」
その返事は遠慮から来るものではなく、早く1人になりたいという気持ちを滲ませていた。でも刺々しさは一切なくて、手のひらで丁寧に丁寧に押し込むような、緩やかな拒絶だった。この優しさもまた、私が彼のことを好きになった要因のひとつだった。
これ以上の深入りはかえって不快にさせてしまいそうだ。私は大人しく頷いた。
「じゃあ、気をつけて」
「Aさんも。というか帰る時間遅くさせちゃってごめんね」
「20分ぐらいじゃ大して変わらないよ」
「でも時間が時間だから。今度また何かお礼させて」
上を向いた顔は先ほどよりはずいぶん血色が戻っていた。大丈夫、というのは嘘ではなさそうである。彼はポケットからスマホを取り出してQRコードをこちらに向ける。
「また連絡する」
「わかった」
あ、連絡先は交換してくれるんだ。きっと未だに彼はあの子に囚われ続けているのだろうから、他の女と関わりを持つことなんてなさそうだったのに。でも心の柔らかい部分が興奮にくすぐったくて、口角が持ち上がりそうなのをどうにか抑える。
「お大事にね」
「うん」
それから私が乗った電車が動き出すまで、彼は一度もこちらを見なかった。
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せぼね(プロフ) - ?さん» 遅くなってしまいすみません。負け犬の胎動とはがらっと変わった雰囲気だった上に、彼をメインで書く作品は今まであまりなかったのでそう思っていただけて嬉しいです。次のお話も楽しんでいただけるものになればと思っています。 (2021年10月7日 11時) (
レス) id: 315a39932b (このIDを非表示/違反報告)
せぼね(プロフ) - 万さん» 遅くなってしまいすみません。最後までお付き合いいただきありがとうございました。読んでくださる方の解釈で楽しんでいただける作品になっていれば幸いです。 (2021年10月7日 11時) (レス) id: 315a39932b (このIDを非表示/違反報告)
?(プロフ) - 初めまして、完結おめでとうございます！負け犬の胎動から読ませて頂いておりますが、こんなにハラハラする作品は初めてです。ジンペンなだけにずっとドキドキしながら読ませて頂きました、とても面白かったです…！！次回作お待ちしております。 (2021年9月10日 1時) (レス) id: c8e6d9d1ad (このIDを非表示/違反報告)
万(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで楽しく読ませていただきました！色々解釈をしてもう一度読み直したいと思います。次回作も楽しみにしております。 (2021年9月9日 14時) (レス) id: cc237cd121 (このIDを非表示/違反報告)
せぼね(プロフ) - カナタさん» こちらでもコメントしてくださりありがとうございます。そう言って頂けて良かったです…！もうそろそろ完結が近づいていますので、最後までお付き合いいただければと思います。 (2021年9月8日 23時) (レス) id: 315a39932b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：せぼね
| 作成日時：2021年8月14日 3時
