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練習が始まる。音は聞こえないけれど、振動や彼らのダンスが曲を伝えてくれた。
一瞬にして曲が終わった。
私の様な異物が同じ空間に居ても曲中では動揺を感じさせないメンタルの強さ、過酷な状況を体験した彼らのスキルはデビュー初期とは信じられない程だった。
「______、___?」
私を見るチャニオッパの口が動く。けれどここからでは距離が遠くて、さっぱり口の動きが読めない。
皆の視線が返しのついた針みたいで、冷や汗が背筋を伝う。
「A?どうかした?」
1歩、また1歩、不思議そうにするチャニオッパとの距離が縮まって、ようやっと口の動きが分かる範囲までになった。
「……大丈夫です」
「何だよー、その喋り方」
チャニオッパの横に居たミンホさんが眉を寄せる。やはり私の喋り方はおかしいんだ。母は気を遣って事実を告げなかったらしい。
私がふざけていると思ったミンホさんの言葉は、私には致命傷と等しいダメージを与えた。
しかし無視をする訳にも行かないから、笑って誤魔化す。
「___!……A、おいで」
チャニオッパが皆に何かを告げて、私の手を引いて練習室を出た。角の物置部屋と化している部屋に入る。電気を付けると埃が光った。
「A、耳、聞こえる?」
勘づいたらしいチャニオッパは単語毎に区切って話し始めた。
これだから彼には会いたくなかった。弱い自分を見せたくなかったし、幻滅されたくなかった。
緩く否定すると、苦しそうな表情が映し出される。
スマホを取りだして文字を打ち込む。声を出す勇気はなかった。
「"事故にあって聴力を失いました"」
チャニオッパは口をはくはくさせて、かける言葉を選んでいる。
「"事故の事、何もお聞きになっていないんですか?"」
力無く首肯したチャニオッパ。PDニムが何か意図して伝えなかったのだとしたら、どうするのが正解なんだろう。
「"私はアイドルの夢を諦めます"」
彼が首を振る。文字を打つ手は止まらない。
「"オッパと過ごした時間は忘れません。今までありがとうございました"」
泣かない。絶対に。そう決めてここに来た。それなのに喉が痛くなって、世界に靄がかかる。
「"さようなら"」
初めて見たチャニオッパの涙を拭き取って、変な気負いはして欲しくなかったから「私は大丈夫です」と言った。
それが家族以外の前で声を出した最後の記憶だ。
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作者名:コンビニ | 作成日時:2024年1月25日 5時