手は繋がない (ページ1)

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雪がしんしんと降る朝。道路は凍結していて、ラジオから流れる天気予報では「事故に気をつけてください」と機械的なアナウンサーの声が注意喚起をしていた。

ワイヤレスイヤホンにイヤーマフ、マフラーその他諸々の防寒着をつけていた私は、傍から見たらギョッとするくらい丸々としていたと思う。

それでもそんな事を気にしている暇はなくて。寝坊をしてしまい、入社時間に間に合わない恐怖心から雪に足を取られながらも着実に歩を進めていた。

　突然、体に圧迫感があって視界が揺らぐ。あと少しで事務所の玄関だと言うのに起き上がる事さえ出来なくて。腹からは生あたたかい血が流れていた。

　目を覚ますと、独特な臭いがツンと鼻を刺激した。白で埋め尽くされた空間と、自分に起こったことから病院かと推測する。口を動かしてみるけれど、声は出ないらしい。

ナースコールを押して、看護師が入ってきてから気づいた。彼女の口は動いている。しかし彼女の声は全く聞こえなかった。

不思議そうに首を傾げる彼女に近くにあったペンで「音が聞こえません」と掌に書く。彼女は血相を変えてどこかへ消えてしまった。

それから、私は事故によって耳が聞こえなくなったと診断された。気が狂いそうな程暴れたくなった。目の前にある何もかもが憎たらしく見えた。

医師によれば私は幸いにも言語習得をしてから聴力を失ったため、口の動きを読めば言葉はわかるはずだ、と言われて確かにその通りだったけれど、私にとってそれがどれ程の幸いなのかを理解するには時間が足りなかった。

　
　病室で過ごし始めて1週間くらい経ったある日、事務所のPDである〈パク・ジニョン〉PDニムが見舞いに寄ってくださった。

「A、君の声はまた聞けるのかい？」

「……聞こ、えますか？」

自分ではもう聞く事の出来ない声に、PDニムは目を細めて頷いた。

「私は君を手放すには惜しい存在だと思うんだ。もしAがまだ練習生として残る決断をするのなら、全力でサポートする」

読み取りにくい部分もあったけれど、彼は私をまだ事務所に置いてくれるらしい。

アイドルを目指すには聴力が絶対的に必要。歌やダンスにおいて音は最も大事にするべきものだ。

しかし音を感じる手段を絶たれたと言っても過言では無い状況になった私が、果たして事務所にいていいのか。

PDニムは「ゆっくり考えて」と、私が好きなシクラメンの花を残していった。