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第39話 ページ39

微かに“三好”という人物の余韻を私に残して、彼は居なくなった。
三好はとうとう、どこかへ旅だってしまったのだ。

それから一年程、私は変わらずに過ごしている。
D機関で、授業を一番後ろの席で聞き、水曜に買い物をし、たまに誰かと食事し、たまに誰かに連れられて酒を呑みにいった。
そして定期的に白百合を買って、カウンターの端に飾った。
三好が任務にいったのか辞めたのかは知らないが、居ない間に花を換えるのはもっぱら私の仕事だった。

今日も、いつものように百合を買ってきた。
たった二輪を抱えて食堂の扉を開けると、カウンターに頬杖をつく神永がちらりとこちらを一瞥した。
彼はつまらなそうに、グラスの底を眺めている。

「…放っておいても、誰かが換えるだろうに」
「暇なのは私だけですもの」

空になった二輪差しを片手に持ったまま、買ってきたばかりの白百合に手を伸ばす。
────グラスを置く音がした。
神永はさっきまでグラスを持っていたその手で、白百合に伸ばした私の腕を思いきり掴んだ。

一瞬のことだった。驚いて、二輪差しが手から滑り落ちる。
ガツンと高い音をたてて、安物の二輪差しは床に転がった。恐らく割れたのだろう、大きな破片が床に散らばり、細かい破片はいくつか足にぶつかった。


「……それで本当にスパイだったのか?」

神永はため息を吐いた。
私はただ、状況を理解できずに固まっている。

「貴様は以前は“俺達寄り”だった。今と同じ状況になっても笑っただろうし、花瓶も落とさなかった」
「私は────」
「そんな状態で、何が見えるって言うんだ?」

神永の顔には嘲笑が浮かんでいた。「真実が見えなくなったんだろ?」と、静かに私を引き寄せる。

「俺はきみが可哀想だ」
「…私を貴殿方と一緒にしないで下さる?」
「一緒? 違うな、今の貴様はただの女だ。三好に、囚われているからな」

三好に、囚われている…?

「何を仰るかと思えば…」

やっとのことで笑った私を、神永は強い力で自分に寄せた。瞳の色が、ハッキリ見えた。

「俺が忘れさせてやってもいい」
「……冗談も程々になさらないと、いずれ後ろから刺されますよ、他の女性にね」

そっと腕を掴む手が離れる。

「まあ、いずれ退屈で仕方なくなったら俺に言えばいいさ」
「そのときは甘利さんに言おうかしら」
「ああ、あいつはやめておけ、ハワイで子供ができたらしいからな」

「名前はエマだそうだ」そう言い残して、神永はふらふらと食堂を出ていった。

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設定タグ:ジョーカー・ゲーム , D機関 , 三好   
作品ジャンル:アニメ
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凛々(プロフ) - とても面白かったです!!原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません!とんでもないです、ありがとうございます!楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
- めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです!ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました! (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます!そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした!楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:こな | 作成日時:2017年5月28日 15時

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