第33話 ページ33
近頃、彼女の様子がおかしい。
流石に、誰にでも見てとれる、という程ではないが、D機関に所属する人間なら、当たり前のようにその違和感を感じていた。
波多野が彼女────Aに、からかうような声色で話しかける。
「小田切が居ないのが、そんなに寂しいのか?」
Aは意に介さず、ただ自分の手札を見つめている。波多野は頬杖をついて続ける。
「ここにいる全員、最初から“見知らぬ奴”だ。そんなこと、分かっているんだろ?」
「今日はやけに絡みますね」
実井が手札を捨てながら、呟くように言った。
「俺達と違って、Aはここに留まるからな。どこかの中尉みたいにいられちゃあ、D機関に来た意味がない」
「おい、それは俺のことか?」
「だが、Aにはもう素敵なお相手がいる。寂しくなんてないだろう」
神永が横目で僕を見たので、僕は手札を明かした。「…フォーカード」
勝負に出ていた神永は無言のまま、福本を睨み付けた。
「おい、無視をするなと何度言えば…」と佐久間中尉が眉間に皺を寄せる。
唐突に、実井が手札をテーブルに投げた。
「僕はストレートです」
「ツーペアだ」
「ツーペアです」
「スリーカード」
「……チッ、スリーカード」
実井が席を立った。
「もう遅いですし、この辺にしましょうか」
「そうだな」
つまらなそうな波多野、顰め面の神永、苦い顔をした中尉の順に食堂を出ていった。
次に実井が出ていく。
「お休みなさい、Aさん」
「ええ、お休みなさい」
「………消し忘れるなよ」
照明の話だ。福本は割烹着を抱えて、暗い廊下へと消えた。
沈黙と、煙草の煙が降り積もる。
「…Aさん、少し目を閉じて頂けますか?」
「ええ、いいですよ」
正面を見据えたまま目を閉じた彼女の顔を、少し屈んで覗きこんだ。
…睡眠が不足しているな。
僕はそのまま、その唇に触れるだけのキスをした。
「…三好さんにしては随分と、優しいですね」
「貴女に手荒い真似をした覚えはありませんが」
「そういう意味でないことぐらい、解っているくせに。三好さんはキス以外はやはり意地悪ですね」
「誉め言葉として受け取っておきますよ」
僕が薄ら笑うと、Aは微笑んだ。
「またしてくださいますか?」
「ええ、勿論。だって僕達は恋人同士なんですから」
Aの表情が微かに曇ったが、僕は気付かぬふりをした。
「良い夢を、Aさん」
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凛々(プロフ) - とても面白かったです!!原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません!とんでもないです、ありがとうございます!楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
燐 - めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです!ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました! (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます!そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした!楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こな | 作成日時:2017年5月28日 15時