第30話 ページ30
「よろしいんですか?」
女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
恐らく、僕の接待を邪魔してしまうとか、要らぬ心配をしているのだろう。
「ええ、僕はご婦人とお話ししたいのでね」と出来る限り明るく答える。
「なら、喜んでお供致しますわ」
女は笑みを見せて、差し出した僕の手をそっと握った。
ダンスホールの外は驚くほど静かだった。小雨が観葉植物に当たって弾ける音以外、何もない。
僕たちは突き出た欧風の屋根を見上げて、隣り合って座った。
「地べたに座らせてすみません」
「いいのよ、どうせ洗うし、今日しか着ませんわ」
そう言いつつも、女は細い指先でドレスの裾を弄んでいる。
「…ご婦人は、上品なのに子供らしいですね」
「誉めてらっしゃるの?」
その女の笑顔はやはり印象的で、見るたび僕を落ち着かせた。なのに、何故だろうか────女から目を離すと、たちまちその顔は思い出せなくなるのだ
「……門田さん、聞いてくださる?」
「ええ、勿論」
「私、なんだか門田さんといると安心しますの。でも今日でパーティーは最後だから…」
「あ…こんなことを言って、気味が悪いと思われても仕方ないわね」と苦笑した。
「そんなことないですよ。僕だって正直、ご婦人と居ると落ち着くんですから」
僕が微笑むと、女は遠慮がちに口を開いた。
「…この場に本来出席する予定だった私の友人…安原ミヨコさんといいますわ」
安原ミヨコ…確か、劇団の女優で、華があると近頃話題になった人物だった気がする。しかし安原ミヨコは
「でもミヨコさんは、その…逮捕されましたの」
詳しいことは知らない。分かるのは、その事実に女がショックを受けている、ということだ。
僕はその儚い姿を見て、何とかしてあげたいという欲求が膨れ上がるのを感じた。
「それは辛かったですね」
「いえ……私なんてまだいいの、それより野上さんが可哀想で─────」
女が一層泣き出しそうになるので、僕は慌てて遮る。
「野上さんというのは?」
「ミヨコさんの先輩の方で…一度だけお会いしました」
「何故その方が可哀想なんです?」
「………野上さんの恋人が、お亡くなりになったものだから」
女はいよいよ顔を覆った。
「ミヨコさんが逮捕されただけでなく、恋人も亡くなって…ショックで劇団を辞めてしまわれたの。芝居は続けるそうだけど、当てもないみたいだし…」
「それなら僕がお力になりますよ」
気付くと反射的に言葉を吐いていた。
雨音がやけにうるさく感じた。
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凛々(プロフ) - とても面白かったです!!原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません!とんでもないです、ありがとうございます!楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
燐 - めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです!ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました! (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます!そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした!楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こな | 作成日時:2017年5月28日 15時