第29話 ページ29
探していた人物は、案外すぐに見つかった。
昨日とは違い、群青のドレスを着て窓を見つめている…その後ろ姿は周囲に溶け込んでいるのに、一際目を惹いた。
「ご婦人」
「あら、ごきげんよう」
昨日と同じ自然な笑顔が、此方を向いた。
「やぁ…昨日は、どうもありがとうございました」
「いいえ。背広は乾きまして?」
「ええ、お陰さまで」
言いながら、僕は胸ポケットから出した名刺を差し出す。
「僕は門田といいます。職業はそこにある通りです」
顔はともかく、流石に名前は知られているかと思ったが、女はただ眺めるばかりで、これといった反応はなかった。
僕は自分の中に少しの驚きと、少しの安堵を感じた。
「ご婦人のお名前は?」
「名乗る程の者ではありませんわ」
「そんなことないでしょう、ここに呼ばれるのは功績を残した方だけですよ」
女は困ったように笑う。
「その…私、友人の代理で来ていますの」
友人の代理?
聞きたいことは山ほどあったが、どこか悲しそうに俯く彼女に、それ以上の詮索は出来なかった。
僕が黙っていると、彼女はその場を取り繕うように喋り始める。
「門田さんは、監督も俳優もしてらっしゃるなんて、器用ですのね」
「ははは…良い演者が足りていないものでね。仕方なくですよ」
「でも、他の方は門田さんを認めてらっしゃいますわ」
「そんなこと…何故そう思うんですか?」
「だって、ほら」
彼女は遠慮がちに人差し指を僕に向けた。いや、正確には僕の後ろを指していたのだが。
振り向くと、一人の女が笑顔で立っていた。きつくパーマのかかった髪に、真っ赤な口紅。
美人といえば美人だが、派手すぎてどこを見ればいいのか分からなくなる。
今時の女優は総じてこんなものだ。この女もそうなのだろう。
「昨日お会いした江ノ本です。こんばんは、門田さん」
「ああ、ええ…」
正直、似たような輩が多くてちっとも覚えていない。
「お取り込み中でしたか?」
「ええ、まぁね…」
「まあ、ごめんなさい」
機嫌を窺う表情も、気に入られようとする態度も、嫌と言う程に見た。見飽きてしまった。
「申し訳無いんだが…また後で良いかな」
僕が煙草を吸う真似をしてみせると、江ノ本は一瞬顔を顰めた。江ノ本がその場を立ち去ると、心なしか体が軽くなった気がした。
「すみませんね、話の途中だったのに」
「いいえ」
「よろしければ、外に行きませんか?」
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凛々(プロフ) - とても面白かったです!!原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません!とんでもないです、ありがとうございます!楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
燐 - めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです!ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました! (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます!そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした!楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こな | 作成日時:2017年5月28日 15時