第21話 ページ21
「流石に、いつまでも隠しているのは無理がありますね」
周囲は陶器のぶつかる音や、足踏みする音、当然ながら話し声も混じってざわざわとしている。
駅前、二週間ほど前に出来たらしいシックな喫茶店の中
背広姿で脚をくみ、姿勢よく珈琲を啜る三好の姿は、店の雰囲気と相まってまるで現実味が無い。
「…僕の顔に、何か?」
「いいえ、何でも」
「では話を戻しますが」
三好は音をたてないようカップを受け皿に戻した。
「周囲にもバレた事ですし、もっと堂々としませんか?」
そこにはこれから投資をする投資家のような、探りつつ楽しんでいる類いの表情が浮かんでいる。
私は何と答えるべきか迷った挙げ句、苦笑した。
「堂々と…ですか」
「ええ。言うなれば、僕はAさんのパーソナルスペースに入りたい、という事です」
「確かに、今までそういった機会はありませんでしたね」
窓の外を見遣る。レンガ造りの建物に覆い被さりそうな入道雲が、真っ赤に染まっていた。
「なるほど、いいですよ。私も三好さんに、もっと触れたいもの」
視線を戻すと、既に立ち上がった三好と目が合った。
猫か猛禽類みたいな吊り上がった目の端に、柔らかく結んだ唇の端に、自信が溢れている。
─────時間も場所も季節も全て、計算だったというわけだ
「そうですか。正直、貴女は僕にあまり興味がないと思っていたので、安心しました」
「あら、嘘を仰らないで下さい。最初から分かっていた結果でしょう?」
大東亞文化協會…機関生の宿舎であり学校であるその場所からこの喫茶店までは、バスでしばらくかかる。
例年より早まった初夏のせいで日が長く、窓の外の明るさに油断していた私が帰るべき時間は、既に過ぎていた。
その時になって出た申し出を、理由をでっち上げて断る時間は残されていない。
「ええ、貴女が僕を拒むことはないと思っていました。例え時間も場所も、季節も…今と全く違う状況だったとしても」
「え…?」
どういう意味ですと聞く声は、通りを過ぎる車のエンジン音にかき消された。
最低限だけ口を動かして、何かを言っている三好の声も、聞こえるはずはない。
だがそれすらもきっと、わざとなのだろう。
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凛々(プロフ) - とても面白かったです!!原作のイメージが全く崩れないっtとりとした雰囲気が最高でした。蝶のくだりは思わず泣きました。素敵なお話を書いてくださってありがとうございます。このお話に出会えて良かったです。 (2019年12月18日 0時) (レス) id: 2ad6838eaa (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 燐さん» 返信が遅くなり申し訳ありません!とんでもないです、ありがとうございます!楽しんで頂けたようで嬉しく思います(^^) (2018年10月22日 11時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
燐 - めっちゃ切ない…!文才ハンパないっすね。展開もリアルで面白かったです!ラスト、三好さんの声が聞こえたトコロめっちゃ感動しました! (2018年10月16日 22時) (レス) id: 6e4e502025 (このIDを非表示/違反報告)
こな(プロフ) - 信乃さん» ありがとうございます!そう言ってくださる読者様のおかげです(;;)最後まで読んでくださりありがとうございました! (2018年10月15日 0時) (レス) id: 6c36d7dbcf (このIDを非表示/違反報告)
信乃(プロフ) - 完結おめでとうございます。毎回更新が楽しみでした!楽しく読ませていただきありがとうございました。 (2018年10月14日 21時) (レス) id: 3929cd90dd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こな | 作成日時:2017年5月28日 15時