夏に解けて Ⅴ (ページ16)

今日:12 hit、昨日:12 hit、合計:19,271 hit

#216 ページ16

･

｢1on1やろーぜ｣

好きという気持ちだけではやっていけない時

いつも決まってあの時の言葉を思い出す

怖いものなんて何もないかのように笑って

楽しさも、嬉しさも、何もかもが悔しさに上書きされて

こんなことに意味はあるのかと幼いながらに悩んだ私に

もう一度バスケと向き合うキッカケと

バスケの楽しさを教えてくれた人

迷った時、不安な時、いつも決まって思い出すのは

霞んだ記憶の中にいる名前も知らない大事な人だった

｢花渕｣

｢走るぞ｣

時が経てば経つほど責任が増えていく

勝てば続いて、負ければ終わる

永遠に楽しいことと向き合えるわけじゃない

練習した分だけ上手くなるのは本当だけど

練習した分だけ試合に勝てるかと言ったらそうじゃなくて

目に見えない恐怖と、重みと、常に戦う日々の中で

それら全てを吹き飛ばしてしまうんじゃないかって思うくらい憧れの人は笑った

私に色んなものを与えてくれたあの人と怖いくらい同じに見えたのはきっと気のせいじゃない

｢(部室、開いてなかったな…)｣

｢(先輩からの伝言じゃ体育館に荷物があるって)｣

自分の気持ちに、自分の好きに正直に

真っ直ぐ前を見てる2人はよく似ている

あのお兄ちゃんが先輩だったらよかったのになって

何度も考えるけどそんな奇跡はあるはずもなく

どんな顔だったか思い出せないのもあってか

面と向かって聞くような勇気はとてもない

｢うっ、扉開かない…こんなに重かったっけ｣

バスケットが大好き、それは今も変わらない

楽しいし、嬉しいこともあるし

できればずっとバスケが出来たらいいのにって思う

でも、何事も永遠には続かないことを私は知ってる

だから怖いし、そこに意味を求めてしまう

｢あ、｣

｢やっぱり、花渕ちゃんだ｣

｢あの、荷物を…｣

｢いいよそんな遠慮しないで堂々と入んなよ｣

背負うものの重さに耐えきれず潰れてしまいそうになる

求められる自分と現在地にいる自分の差に絶望して

1人部室に残って自分の不甲斐なさに泣くことだってあるし

必死になってボールを追いかけて、走った先に待っているのは敗北か勝利かを考えて

怯えることも、挫けそうになる時もある