残滓 (ページ2)

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　それから幾百もの昼と夜を経て、漸く彼は兄の言葉に耳を傾けるようになった。重い扉を開け、冷えきった岩の檻から出てきた刺青の男は、深く溜息を吐くと兄を見下ろす。

「カイン。何故お前が此処にいる？今頃何を言いに来たというんだ」

　その言葉を聞いて弟へと伸ばされた手は、自分に跳ね返ってくると知っていながらも叩き落とされた。それでも気にせず、声を紡ぐ。

「ただ、謝りたかった」

「謝りたかった？私に？何を今更」

　苦虫を噛み潰したような顔をして睨み付ける。しかし、今回は斬りかかることをしなかった。まるで幾千と重ねた自害紛いの行為に嫌気が差しているかのようだ。

「あまりに遅過ぎた。それは分かっているよ。それでも僕は」

　言葉に詰まり、息を吐く。漸く訪れた機会に期待と緊張を覚え、そして上手く声を出せなくなっていた。ただ一つ思い浮かぶのは、懐かしい情景。豊かな自然の中、のんびりと歩く家畜達と鮮やかに作物が実を結んだ畑だ。

「それでも僕は、お前と暮らしたい。父も母もいなくなってしまったが、あの頃のように畑を耕し家畜の世話をして、そして」

「そして再び殺すのか。野原へ私を呼び出して」

　遮った声は酷く震えていた。カタカタと肩を震わせていた彼は長い髪を振り乱し、大きく口を開いた。

「また殺すのか！その醜い嫉妬で、私を殺めるのか！嘘を吐いてまで愛されたかったか。私が憎かったか！」

　濁流のように荒々しい叫びは止まる気配がなく、ただひたすらに兄へと降りかかる。気付けば黒い刃を握り締め、荒い呼吸を繰り返していた。

「兄弟。確かに僕はお前に嫉妬していた。僕は若かったんだ。お前の供物だけが神に目を留められていたことに酷く腹を立てた。あの時お前を殺めたことは間違いだったと、今なら解る。時は僕を賢明にしたよ」

　地上に住まう何かの咆哮が微かに響く中、二人は向かい合う。言葉を失っているのだろう。言葉にならない声を息と共に吐き出しながら、刃を握り込んだ拳を震わせていた。兄を睨む瞳もまた、揺れていた。