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「こういうとこやで神サマ、ほんまに…」とブツブツ言いながら彼は頭を抱えていた。
「えっとな、基本的にここは日が昇ることは無くて、ずーっと夜なの。やから時間間隔結構狂う…あ、俺Aちゃんに時計渡しとったっけ!?あれ、渡してへんよな、うわ〜ごめんな、そりゃ時間わからんよなぁ」
と彼は一人で呆れ、驚き、焦り、申し訳なさそうにごめんな、ごめんなあとオロオロしている彼に会話のペースで置いて行かれつつも、「大丈夫ですよ、でも時計は欲しいです」という趣旨の言葉を何とか返す。
「後で時計見に行こな〜」と申し訳なさそうにしている彼に逆にこちらが申し訳なくなる。
「坂田がずっと一人で喋ってる声聞こえてたんやけど何?」
「まーしぃ!俺Aちゃんに時計あげるの忘れてた!後で倉庫の鍵開けてや〜」
「あ!」とまた大きな声を出す坂田さんに今度はなんや…と若干呆れつつ志麻さんが持っていたバットを置いて坂田さんの方へ向き直る。
「Aちゃんの前ではまーしぃって呼ばんとこーって思ってたのに…!」
「なんで?別にいいだろ」
「なんか一緒に仕事する人とはしっかりした関係築いてるんやでみたいな!カッコイイ感じで振舞いたいやん!?」
やってもーた…!と頭を抱える坂田さんを不思議に思いながら、近くでテキパキと作業を進める志麻さんは「いつもあんな感じやから、あんま気にしんくてええで」と私に小声で教えてくれた。
「ほら、坂田。できたから味見してや」
頭を抱えていたかと思えば目を輝かせて志麻さんの作った料理を嬉しそうに受け取っている。
表情がコロコロ変わる、愉快で不思議な人だ。
そんな二人をぼーっと見ていると、「Aも。」とお皿を向けられて、少々戸惑いながらも坂田さんが嬉しそうに受け取っていたそれを自らも習って手に取る。
坂田さんの方を見ると、受け取ってからそれを一口で口の中に放り込んでしまった。
満足げに顔をほころばせていた彼だったが、みるみるうちに真剣な表情になっていった。
「結構シンプルなカナッペやな、味がわかりやすくて俺好みかも」
「やろ?ただシンプルやから味に深みを持たすのにどうしようかと思って、うらたさんのレシピ持ってきてもらったんよ」
「あ、これサワークリームの下に塗ったやつか。懐かしいな」
「そうそう、それがうらたさんの隠し味」
二人共、嬉しそうな、懐かしいような、寂しいような。そんな表情をしていた。
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時