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この間と同じように、…いや、この間隣にいたのは坂田さんだったが、同じ立ち位置でお皿を洗う。なんだかスムーズに進む息の合ったこのやり取りに、長年の仲間のような気がしてなんとなく嬉しくなる。
「…味で覚えるなんて、坂田さんにしか出せない味もあるんですか?」
「お、鋭いな。料理長クラスになると正直、食べると大体使われてる食材とか、調味料が味でわかるようにはなるんやけど────」
「坂田のアレは、天才の技だな」。そうつぶやく彼の横顔をこっそり見ると、心の底から嬉しそうな表情をしているのがわかる。
正確な味覚に加えて、何と何を足したら最高傑作が出来上がるのか、直感で分かっているんだそうだ。
普段の純粋無垢な、その元気な姿から考えられないほど、調理中は集中力を発揮して他の部門シェフ達に指示をしていたのを少し、手伝いをしていた際に見ていた。
「まあ、俺には敵わんけど」なんて冗談っぽく言う志麻さんに「志麻さんはシェフ・ド・キュイジーヌですからね!」なんて返すと少し驚いた顔をして、二人で一緒に笑った。
「Aも、なんか────、俺の知ってる、Aみたい」
志麻さんの知ってる、私とは、何なんだろうか。私以外に、Aという人物がいたのか、それとも。
「...いや、Aは、A、やんな」
「えっ、は、はい」
勢いで返事をしてしまったが、正直どういうことか全くわかっていない。志麻さんが言っていることの意味が────
「変なこと言ってごめんな。うん、Aはちゃんと、俺の好きなAやな」
「...はい。─────えっ?」
「ん?」
「あ、いえ────なんでも、ないです」
俺の好きな、というのは。さらっと流されてしまったから、大きな意味は無いのだろうが...
───────ひどく、安心した。
好きという感情が未だにあまりわからない自分にとって、この...心地よい感覚、ずっとこのままがいいというような、永遠でありたいと思う感情が生じる、それ自体に好きという気持ちが含まれているのかもしれない、と感じた。
「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻ろかな」
「そうですね。ゆっくりお休みになってください」
志麻さんはこの前の出来事から、なるべく自身で休む期間を設けるようにしてくれた。
坂田さんと二人で叱った...というと少し違うが、説得したのが効いたらしい。
さて、私も少しだけ、自室でレシピ等を読み直してから休むとしよう。
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時