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クローゼットにあったコックコートを持って走る。
厨房には─────いない。普段ここに大体いるはずだが…
他にいるとすれば、と書庫に走る。
「ハッ…はぁ、し、志麻さん、坂田さん」
いた。二人共、書庫の中心の机で手紙とにらめっこしている。
私が壁に手をつきながら呼吸を整えていると、A、と名前を呼ばれ、顔を上げる。
こちらの方へ歩いてきた志麻さんにしっかりと向き直り、真剣な表情をしている彼に少し驚きつつも姿勢を正した。
「A、これからもよろしく頼むな」
差し出されたその手紙を見て、文字を目で追いかける。
「パティシエ、補助...」
「甘いもん好きなんやろうなって思ってたけど、生前はパティシエやったって事かな」
"神様"からの手紙。Aをパティシエ補助として厨房に立たせろ、という内容のそれは、私にとって大きな後押しとなった。
「あ、それもう既にクローゼットに入ってたんや?」
「はっ、はいっ、これ...」
ギクシャクとした動きで持っていたコックコートを差し出す。
坂田さんに「ロボットみたいになってんで」なんて笑われているが、驚きや嬉しさで上手く話すことが出来ない。
彼らと同じコックコートを着て、一緒に厨房に立つことができるこの事実が、何よりも嬉しかった。
もっと、彼らが料理をしているところを見ていたい。
私が成長していくところを見ていて欲しい。
一緒に、一つのコースを作り上げたい。
確かな決意の元に、しっかりと見据えた未来は紫と赤、ふたつの光が差しているような気がした。
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時