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「失礼致します」
お客様の目の前で、お皿からそっとクローシュを取る。
中から出てきたのは、宝石のように輝く大粒のフルーツが乗ったタルテット達。
「こちら、マスカットのタルテット、ベリーのタルテット、カシスのマカロン───」
言葉は自然と出てきた。デセール一つ一つを説明する度にお客様の瞳が輝くように───期待が膨らんでいくのが読み取れる。
嬉しい、嬉しい。これが料理に携わる者の原動力となるような、デセールをひとつずつワゴンに乗せてくださった坂田さんにも見せてあげたいような、喜ばれることへの、喜び。
「ごゆっくりお召し上がり下さいませ」
そう言って、静かに下がる。
ワゴンの近くで控えていてくださった先程の先輩もどこか嬉しそうな、そんな顔をしていた。
──────
その後、全ての料理が提供され、コースは終了した。
お客様を全スタッフでお見送りし、玄関ホールはその後に行われたミーティングを終えた直後で、まだまばらに人が残っていた。
「お疲れ様。どやった?初仕事は」
声をかけられて振り向くと、そこには料理長の志麻さんが。先程とは違う柔らかな雰囲気に安心し、口を開く。
「すごく...とても。嬉しかったです」
「嬉しかった?」
「はい。お客様に料理をお見せした際の、期待でいっぱいになってる顔を見て。私、すごく嬉しくなりました」
少し考えるような間を開けた後、志麻さんは「そうか、よかった」と安心したような笑みを浮かべた。
と、視界の隅に見えた赤の髪にあっ、と思い出したように私は彼の元へ駆け寄った。
「坂田さん!」
「んあ、Aちゃんやん。おつかれさま」
「お疲れ様です。あの、デセールを受け取りに行った際、ありがとうございました」
ええよええよそんなん、と少し照れたように頬を染めて頭をかく彼を見て、お礼を言ってよかったな。なんて。
「何、2人共。揃ってニヤニヤして」
「ニヤニヤはしてないやろ!ふふん、秘密〜」
「はあ〜?なんやねん、減るもんやないやろ別に」
「減るし〜!」と言いながら坂田さんは走って行ってしまった。
少し行った先で、振り向いてこちらへ笑顔で手を振ってくれた。微笑ましくて、小さく手を振り返すと満足したようにまた走って行った。
「相変わらず元気やなあ〜...てかなんやアイツ、秘密〜!とか言うて」
「ふふ、別に変なことじゃないですよ」
「えぇ、何があったん」
「秘密、です!」
Aまで?、と呆れたような顔をする志麻さんに、思わず笑いがこぼれた。
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時