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「今度試すレシピも大体まとまったしさ、倉庫行ってAちゃんの時計見に行かへん?」
「あ、そういやそうやった」とお願いした坂田さんの方が忘れていたらしい。
私も私で彼らがする話に夢中になっていた。不思議と料理の知識がするすると入ってくる感覚に浮かされていたらしい。
片付けを済ませて厨房を出る。昨日案内された通りの道順を行き、自室より先へ進む。ここはまだ来たことがない。
「ここの階段、二階と地下に上がるやつがあるんやけど倉庫は地下の方。行くで」
先導する志麻さんへついて行き、大きな扉の前で立ち止まる。
彼は懐から小さな、精巧な装飾が施された鍵を取り出して扉の鍵を開けた。
小さな鍵ではあったが巨大な扉を開ける重要な歯車だったようで、大きな音を立ててカラクリが動く。
重そうな扉を彼は易々と押し開き、中へと歩みを進めた。
隣にいた坂田さんが入るのを見て、自分も後に続く。
先程入ったばかりだというのに倉庫の中は既に明かりがついており、辺りにはオレンジの優しい光が広がっている。
倉庫の中は貴重そうな骨董品などが無造作に置かれており、あまり整理が行き届いていないようだった。
「ここいつの間にか物増えとるし、あんま入ることないから掃除できてへんのよな〜…」
「あ、あれちゃう?机の上」
指差した方向を見ると倉庫の奥の方にある大きな机の上に様々な貴金属が散らばっており、その中に懐中時計も複数含まれていた。
あれ、こんな少なかったっけ、と志麻さんが首を傾げながら呟く。
初めて見た私には十分すぎる量に見えるのだが。
「好きなん選んでええで。大体のやつは動くやろうし」
返事をして大きな机の上を見渡す。
様々な凝った装飾の懐中時計。
その中でふと、目を惹く物があり思わずそれを手に取る。
「これ…これがいいです」
蓋の装飾にとても惹かれた。
和を基調としたモダンなデザインであり、どことなく懐かしさを感じる。
惹かれたそれを手に取り2人へ見せると────────
「…それ、よう見せてもらえる?」
どことなく只事ではない雰囲気を感じとり、すぐに今までになく真剣な顔をした坂田さんへ手渡す。
2人してその懐中時計を凝視し、信じられないといった表情を浮かべて静かに呟いた。
「これ─────センラが使っとった懐中時計や」
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作者名:#N/A | 作成日時:2021年4月22日 21時