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「アスターって、エゾギク?」
「よく知ってんじゃん」
「昔、エゾギクで花占いしたことがあるから。好き嫌いってちぎるやつ」
「フツーの女の子やってたんだな」
何気無く呟かれた言葉に、私は湿っぽく笑った。
花占いをしたという思い出は、小さい頃のものということしか分からない。
しかし恐らく、まだあの家庭の子だと思っていた頃の話だと思われる。
今となれば子供の純粋さが羨ましくなる話だ。
「それより、貴方が花の名前を知っている方が驚きだった」
「それしか知らねーよ、流石に。妹に教えて貰った」
「妹さん居たんだ……」
「義理のな。今は何処に居るかも知らない」
彼の手に持つ缶ビールはだんだん中の琥珀色の液体が無くなってきて、机に置くと軽い音を立てた。
先程から居づらさに身を縮めていた私はというと、ラグから離れて距離を取って、ソファーに座らせてもらった。
『食べたかったらどーぞ』と差し出されたお摘みのキューブ型チーズをひとつ貰い、銀紙を外して口に入れた。
チーズは好きな方ではないが、話題に困るこの空間で何かを口に入れていると何となく落ち着く。
心身ともに落ち着いてくると、ある事に気がついた。
「そう言えば、貴方の名前は何なんですか」
「言ってなかったっけ」
「言ってませんよ、名前分からなかったら不便なんで教えてください」
「フウマ」
薄く桃色に色づいた優艶な唇が放った三文字は、よく彼に似合っているものだった。
柔らかい響きを持つ名前を復唱していると、彼が恥ずかしそうに笑って私の口を押さえた。
程良く骨張った彼の手は優しく温かく、私は息が詰まる程感情が喉に迫るのを感じた。
「そういうお前は?」
「A……高嶋、A。でも高嶋の姓は使いたくない」
「ならAな、別に名字なんて知らなくても生活は出来っから」
それだけ言って、彼は空になった缶ビールを捨てるためにソファーを離れた。
私はその背を無意識に目で追っていた。
大きめのパーカーを着ているにも関わらず、しっかりと分かる私とは違う背。
誰かに縋ることを知らない私に、居場所をくれた彼の姿を視界に入れただけで鼻がツンとしたので、私はそれが彼に悟られぬうちに言われていた部屋に向かおうと、足を向けた。
それに、彼が気づいた。
「……寝んの」
「うん、眠くて」
「そう、おやすみ」
「おや、すみ」
俯いたまま、久しぶりに交わした『おやすみ』の四文字を私は強く噛み締めた。
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miU(プロフ) - おかえりなさい!これからの更新楽しみにしています! (2018年4月25日 7時) (レス) id: b909dcbe9a (このIDを非表示/違反報告)
Ryrie**(プロフ) - みうさん» みうさん、ありがとうございます。これからさらに落ち着かなくなるような展開を考えていますので、是非最後までお付き合いくださいませ。 (2018年1月13日 22時) (レス) id: 3c581ac854 (このIDを非表示/違反報告)
みう - どきどきして心が落ち着きません!続きを楽しみにしています! (2018年1月7日 23時) (レス) id: b909dcbe9a (このIDを非表示/違反報告)
Ryrie**(プロフ) - カグラさん» カグラさん、ありがとうございます。まだまだ序盤ですがこれからも見てくだされば幸いです。 (2018年1月5日 22時) (レス) id: 3c581ac854 (このIDを非表示/違反報告)
カグラ(プロフ) - ずっと待ってました!この世界観が好きで更新するたび楽しく読ませてもらってます(о´∀`о)これからも待ってます! (2018年1月4日 14時) (レス) id: 55da401ce9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紅島 | 作成日時:2017年9月20日 16時