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「Aちゃん、」
ケントさんが穏やかに、努めて静かに私の名前を呼んだ。
こういう時は大抵、何かに虞をいだいている時だ。
元々こんな先の見えぬ闇とは無縁だった私を心配しながら突き放す、ケントさんの冷たい優しさが言葉になって出てくる時が、私には1番辛い。
「家に、戻らないつもり?まだ未成年でしょ?本当ならお酒も飲めない子供なんだから」
「子供扱いしないでくださいって、言ったじゃないですか」
「それとこれとは別なんだよ。Aちゃんはまだ、やり直せる」
「もう聞き飽きましたよそれ……まるで、ケントさんは間違えたみたいな言い方、」
言いかけて、口を噤んだ。
ケントさんは他の客が空けたグラスやシェイカーを洗いながら、目を伏せて寂しそうに笑っていた。
長い睫毛が影を落とし、ケントさんの周りだけ時と空間が止まったかのように静かだった。
私は、悪くないはずだった。
そんな顔をされたら、私が間違ってると思い返しそうになる。
完全に名付けられない感情の随を漂う私に、隣の席に座っていたガラの悪そうな男の人が感情を昂らせ、大声で怒鳴った。
「おい姉ちゃん、ケントにそんな顔させんなよな」
「……すいません」
「お前、謝る時は目ぇくらい合わせんかい」
「お客さん」
ケントさんがぴしゃりと言うと、男の人は怪訝そうに舌打ちを残して席に着いた。
それから空になったショットグラスをケントさんに差し出して、申し訳なさそうにおかわりを頼んでいた。
思えば、ケントさんはここに来る人の中では不思議な存在である。
こうやって慕われたり、誰かの相談に乗っていることもあれば、時に険しい表情で何かを考えている。
狂ったこの場所で1番話しかけやすい存在だからケントさんと話しているだけだが、よく考えたら彼の立ち位置がよく分からない。
ただの店員なわけが、無い。
(まあ、今はどうでもいいけど……)
一気にカクテルを飲みきり、酒にかなり弱い私は蕩けるような脳味噌と視界をぶら下げてクラブを出ることにした。
ケントさんに地上まで送ろうかと声をかけられたが、忙しそうな彼を気遣って1人でクラブを出ることにした。
「気をつけてね。危険だから」
「ありがとうございます……」
「何かあれば直ぐに呼んでね。君は──」
ケントさんの連絡先なんて知らないのに、どうやって呼ぶんだろう。
アルコールに掻き乱された思考は途切れ、ただ扉を開けて階段へと向かって行った。
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miU(プロフ) - おかえりなさい!これからの更新楽しみにしています! (2018年4月25日 7時) (レス) id: b909dcbe9a (このIDを非表示/違反報告)
Ryrie**(プロフ) - みうさん» みうさん、ありがとうございます。これからさらに落ち着かなくなるような展開を考えていますので、是非最後までお付き合いくださいませ。 (2018年1月13日 22時) (レス) id: 3c581ac854 (このIDを非表示/違反報告)
みう - どきどきして心が落ち着きません!続きを楽しみにしています! (2018年1月7日 23時) (レス) id: b909dcbe9a (このIDを非表示/違反報告)
Ryrie**(プロフ) - カグラさん» カグラさん、ありがとうございます。まだまだ序盤ですがこれからも見てくだされば幸いです。 (2018年1月5日 22時) (レス) id: 3c581ac854 (このIDを非表示/違反報告)
カグラ(プロフ) - ずっと待ってました!この世界観が好きで更新するたび楽しく読ませてもらってます(о´∀`о)これからも待ってます! (2018年1月4日 14時) (レス) id: 55da401ce9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紅島 | 作成日時:2017年9月20日 16時