057 side F ページ8
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「本当に大丈夫ですか？」
「大丈夫だって。ちょっと寝不足なだけだから」
そう言って笑ってみせると、彼は少し納得がいかない表情をしながらも、手に持っていたファイルを俺に向けて開いた。
「ここなんですけど、菊池課長ならどう纏めるか意見をお聞きしたくて」
「あれ、これって俺が出した課題じゃないよな？」
「……実は…この講義をしてくれた部長さん、話が難しすぎて理解出来なかったんです…」
なるほどね。
彼はとても真面目だけれど、きっと勉強は苦手なんだろうな、って何となく気付いてはいた。
「松島って、中島課長の課だろ？直属の上司に質問しなくていいの？」
「………菊池課長の話、分かりやすいし面白いから好きで。憧れなんです、菊池課長のことが」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれるね」
穢れを知らない真っ直ぐな彼の瞳が、山本さんのそれと重なって見えた。
俺の肩書きがどうだとか、そんなことに関係なく、ただ俺のことを見てくれているような。
例え俺が全てを失ったとしても、無一文の俺さえも必要としてくれるかもしれない、と。
そんな錯覚を引き起こさせる。
「菊池課長、プライベートなこと聞いてもいいですか？」
課題に関する話も終わりを迎えた頃、松島が徐に口を開いた。
先程までとは違い、どこか神妙な面持ちであることが少し気にかかる。
「何？答えられるかは内容によるけど」
「………幸せですか？結婚、するんですよね？」
「え、何。婚約者のこと？もしかしてお前もアイツのこと好きなの？」
「今、お前“も”って言いました？」
「あ、いや…別に深い意味はねぇよ」
何をやっているんだろう。
今はどんな言葉を選んでも、墓穴を掘ってしまいそうな気がした。
「婚約者さんには失礼ですが、俺は別に彼女のことが好きなわけじゃありません。ただ、心配なんですよ。菊池課長のことが」
「は？俺のことが？別に心配される筋合いなんて無いんだけど」
やっぱり似ている。松島と山本さんは。
けれど、決定的に違うもの、一種の危うさが彼にはあるような予感がした。
俺の言葉を聞いて急に様子が変わった彼は、慌てたように資料を集めてファイルを抱えた。
そしてお礼を言って部屋を出ようとした寸前、ピタッと足を止めて口を開く。
「菊池課長が苦しむ姿、見たくないんです。だから、菊池課長を苦しめるモノを排除するためなら……俺、手段を選びませんから」
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作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
