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「おはようございます、中島"課長"」
「……ああ、おはよう」
慣れない。やはり、響きに。
突然課長になり、さらに会社員たちからの視線の鋭さが増す中、今日はそれよりも脳内を占める問題があった。
例えるなら頭の中で、悪魔と悪魔が競り合っているようなのだ。
しかも、別々の悪魔なのだ。
婚約者さんが好きなのか？あなたさんが好きなのか？
頻りにそう、問いかけてくる。
「課長、お疲れですか？」
「大丈夫、」
「そのわりに、顔暗いですよ？」
人一倍俺を心配して声をかけてくる彼は、今年入社した新入社員だ。
気さくで明るく、ちょっと抜けている愛されキャラの彼は、いつ見ても仕事の疲れを感じさせない振る舞いをしているのだから不思議である。
「松島くんの方こそ疲れてるでしょ」
「いえ！まだ自分は下手くそですけど、話術とかつきあい方とか、先輩と同行してると学ぶことも沢山ありますし」
「熱心だね。そういう人、嫌いじゃないよ」
松島くんは嬉しそうに笑い、先輩に呼ばれて一礼し去っていった。
礼儀正しい好青年である彼に、俺は少しだけ羨ましく思いながらキーボードを叩いた。
境遇に、家庭環境に縛られない生き方が羨ましいのだ。
つきまとう厄介な視線を払って、ただ仕事と向き合えたらもっと楽に暮らしていけるのに。
そんな事を考えていたせいか、思うように進まず自棄になって冷めたコーヒーに手をつけた。
「どうした〜社長の息子よ」
「……それ止めてもらえますか、椎名さん」
調子の出ない時に限って、俺をからかいに来るのは椎名さんという女性である。
昔から営業部にいるベテランで、彼女が落とさなかったプランはないぐらい、結果を残す人。
課長になら、彼女がなるべきだったろうに。
冷めたコーヒーの苦味がそんな思惑を助長した。
「片割れとはどう？」
「……話すことも、目を合わすことも無いですよ」
「冷たいねぇ、たった一人の弟なんでしょ？」
「だとしても、俺はあいつを家族だと思ったことはないんで」
一点張りの俺に、椎名さんがため息を吐いた。
どうやら香水みたいな味のガムを噛んでいるらしく、ため息が甘ったるい。
「馬鹿ね。意外とあの子、パンクしてるかもよ？一人で社長の重圧に耐えてきたんだし。だからあんなひん曲がった性格になったんじゃないの」
「結構言いますね」
「あんたのためよ」
椎名さんはそれだけ言って、俺の机に差し入れの和菓子を置いて去っていった。
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作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
