夢現 2 (ページ5)

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「頼み事、ですか」

「そんな大したことじゃないから」

菊池課長は萎縮する私を、試すように見下げていた。

何でもする、その気持ちに嘘はないのだが、今の彼の纏う空気が異様な気がして身を引きたくなった。

でも、この話を受けなければ繋がりが切れる気がして、私は課長から用件を聞き出してしまった。

「……婚約者さんの事を探ってほしい？」

「嗚呼、山本サンあいつと仲良いでしょ？」

「悪くはないですが……」

「あいつね、最近様子がおかしいのよ。あれだけくっついてきたのに静かだし、顔色悪いし」

「なら、菊池さんが彼女にそう言えばいいじゃないんですか？」

文句を言われるのも覚悟の上で、菊池課長に言い返してみた。

自分でも驚くほどすんなり出てきたのは、婚約者さんに抱く嫉妬が尚も注がれ続けているからだろう。

どんなに嫌いでも、婚約者さんは菊池課長に心配してもらえるのだ。

単純に、悔しかった。

「それは出来ない」

「え？」

「俺、あいつの事嫌いだし……自分も同じだとか言って、俺の懐をまさぐるやつだからな」

「でも……」

「いいから、頼むよ山本サン。何か分かったらここに連絡して。あと書類、受け取っとく」

私の手から書類を取り、代わりに小さなメモを手渡した。

それを開くと菊池課長のメールアドレスが書かれてあり、右肩上がりの文字の羅列に私は嬉しさと緊張で一杯になった。

菊池課長が部屋に戻ってしまおうとする。

私はメモを畳んでポケットに仕舞い、その背中に声をかけた。

聞きたいことがある。

「菊池、さん」

「ん？」

菊池、さんが振り返る。

ふわり柔らかな髪が揺れ、近寄りがたい雰囲気とは裏腹の澄んだ目が重なる。

私は努めて冷静に、はっきりとした声を発した。

「どうして、私に？私は、貴方の敵対視する人とも交流があるんですよ？疑わしくないんですか」

「それは山本サンが、何でもするって言ったからじゃん」

馬鹿にするように笑ってから、目を伏せ体を向き直し、部屋のドアノブを握った。

これ以上は踏み込めないか、と身の程をわきまえ私もデスクに戻ろうと一歩足を出した。

そのタイミングでぽつり、彼が溢した。

「……それに、山本サンはどこにも行かないんでしょ？」

「……菊池さん、」

「理由なんて、それだけ」

息が詰まった。時が止まった。

なぜなら、菊池さんが小さく笑ったから。

木漏れ日のように優しい笑顔を見せたから。