052 side you ページ3
.
揶揄うようなその言葉を、そっくりそのまま間に受けたわけではないと思う。
だから、こんなことをしている自分が不思議で仕方なかった。
「……優しい、か…」
ふいに溢れた微かな声は、シャワーの水音に掻き消された。
中島さんも菊池さんも、私のことを“優しい人”だと表現した。
昔からそうだった。
クラス替えをして初対面の人にも、「山本さんって優しそう」と言われることが多かったように思う。
けれど、優しいって何？
「あなたさん…？」
扉越しに私を呼ぶ声が聞こえて、ふと我に返った。
考え事をしているうちに、どうやら随分と長い時間が経っていたらしい。
「大丈夫？なかなか出てこないから心配になって」
「大丈夫です。すみません、すぐに出ます」
「いや、大丈夫ならそれでいいんだ。焦らなくていいよ」
中島さんはそう言うと、静かにその場を去って行く。
程なくしてバスルームから出ると、綺麗に畳まれたバスローブが目に入った。
私はそれに手を掛けると、洗面台の鏡に視線を向ける。
そこに映るのは紛れもなく私自身なのに、まるで知らない人のようだった。
「すみません、長い時間シャワーを占領しちゃって」
「いいよ、気にしなくて。俺もよくあるんだよね、シャワー浴びながら考え事しちゃうこと」
中島さんは穏やかな笑みを浮かべて言った後、私にミネラルウォーターを差し出した。
キャップを開けて一口飲むと、程よい冷たさが渇き切った喉を心地良く潤してくれる。
「もう終電もないし、泊まっていきなよ。明日は仕事も休みだし、ゆっくりしていけばいい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
それから中島さんもシャワーを浴び終えて、私たちはまた2人ソファに並んでお酒を飲むことになった。
「私、小さい頃から人付き合いが苦手だったんです。言いたいことも言えなくて、そんな自分が大嫌いで、ずっと自分に自信がなかった」
「そんなふうには見えないけどな。ほら100周年パーティーの時だって、あなたさんは常に自分の意見を持って動いていて、カッコいいなって思ったよ」
「それは、中島さんがペアだったから。だから自分の意見にも自信が持てたんだと思います」
自然と口から出てきたその言葉も、私が優しいと言われる所以なのだろうか。
鏡に映る自分が別人に見えたのは、他の誰よりも私が一番、私自身のことを分かっていないからだ。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 51人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
