060 side you ページ11
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「すみません、仕事が長引いちゃって」
「平気よ。私もさっき来たところだし。喉渇いてたから、先に飲み始めてるけど」
週末、指定された居酒屋に向かうと、彼女はビール片手に私を出迎えてくれた。
その姿はやはり、家柄からは想像もつかない意外さがあったし、菊池さんが言っていた通り、以前と比べて顔色も悪いように見える。
「あなたは何にする？確か甘いお酒が好きだったわよね」
そう言いながら、婚約者さんはチューハイやカクテルが載ったページを開いて私に差し出す。
私は素直にそれを受け取って一瞥すると、すぐにメニューを閉じた。
「いえ、私も一杯目はビールにします」
以前は、ビールの独特な苦さが苦手で、自分から進んで飲もうとはしなかった。
けれど、菊池さんに会いたいが為にバーに通うようになって、少しずつお酒の苦さにも慣れてきたのだ。
ほろ苦い大人な味に手を伸ばして、少し度数の高いお酒も嗜めるようになった時。
ほんの少し彼に近付けたような錯覚に陥って、一人で密かに喜びを噛み締めたことを覚えている。
「意外だったわ。あなたが自分からビールを頼むなんて」
「私も意外でした。婚約者さんが居酒屋でビール片手に焼き鳥を食べてるだなんて」
私がそう言うと、彼女はフッと口角を上げた後、残っていたビールを一気に飲み干してジョッキをテーブルに置いた。
探りを入れる、だなんて。
一体何からどう始めればいいのだろうか。
こうやって食事に誘ってみたはいいものの、会話の糸口がなかなか見つからない。
特にこれと言った会話も生まれないまま、週末で浮き足立った賑やかな店内で、私たちの間には何とも言い難い空気が漂っている。
時折婚約者さんの様子を見てみれば、彼女は食べ物もそこそこに、かなりのハイペースでお酒を飲んでいた。
まるで、忘れたい何かの為に、わざと酔っ払おうとしているかのように。
「私ってね、こう見えても恋愛には奥手なのよ。自分からはあまりアプローチしないタイプ。どう？ちょっと意外でしょ？」
何杯目かも分からないハイボールに口を付けた彼女は、徐に話し始めた。
「でも、風磨にだけは…私、割と積極的にアプローチしたのよ。ほんと、自分でも不思議なぐらい」
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作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
