051 side you ページ2
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「へ、っ」
すっとんきょうな声が出た。
私のセンスが好きだと言っただけなのに、耳に入ったそれは甘美な響きを持っていた。
その反応に、菊池さんがグラス片手にくすくす笑う。
「あー山本サン面白いわ。そーいう意味じゃないから！」
「わ、分かってます！からかわないでください！」
「疲れ吹っ飛ぶ」
隣で顔をくしゃくしゃにして笑う菊池さんは、何処か幼くて可愛らしかった。
いつも張り詰めた会社の中に居て、自らの境遇ゆえ強く生きることを義務づけられている彼の、見たことがない表情にからだ全部が脈を打つ。
「いつも、大変ですもんね」
「まあ、人よりはね」
菊池さんが琥珀色の液体が入ったグラスを傾ける。
煌めくそれを飲む横顔は、疲れというより覇気の無さが色濃く出ていた。
そう言えば、社長が入院してから菊池さん──それから、中島さんも何だか険しい顔をしていた。
風の噂では、どちらかが後継者になるのではないかと囁かれている。
他人に興味を示さず、冷たい菊池さんも人間である。
社長の病気のことや、後継者争いに心身共に疲れているだろう。
「でも、山本サンに心配される筋はないよ。関係ないし」
「心配しますよ！だって、」
「……なんでまだ好きなの？物好き？それとも……デリ嬢にでもなるつもり？」
くすくす、小馬鹿にしたように笑って菊池さんは一気に酒を飲み込んで席を外そうと椅子から降りた。
偶然を装って、運命の再会みたいに舞い上がった私を置いて、また彼は私から離れていく。
寂しいその背中が、まだ何か語りたそうにしているのに──。
「待って！」
私の手じゃ捕まえきれないほど、意外としっかりした彼の腕を引いた。
菊池さんが、私を見る。
温度のない瞳に飲み込まれそうになりながら、意思を持って口を開く。
「……何してもいいです、だから、菊池さんの力になりたいんです」
「へえ……何でも？」
じゃあさ、と菊池さんが私の身長に合わせて身を屈めた。
ふわりと柔らかい髪が私の肌に触れた。
「弟と仲良くするの、止めてくれる？」
「……え？」
「それが嫌なら、スパイにでもなってみる？まあ、優しい山本サンが真に受けるとは思わないけど」
菊池さんはそう言って、店を出ていった。
体温を重ねても、心まで他人と重ねようとしない。
その態度に、彼の本心が知りたいと恋心が軋んだ。
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作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
