050 side you ページ1
.
「シャワー、お借りしてもいいですか？」
「どうぞ」
とりあえず下着だけ纏い中島さんにおずおずと声をかけると、優しい笑顔と一緒に許可された。
その顔を見ていると、先程の交わりの際に見えた恋人と錯覚しそうな優しい顔と甘い声が脳裏に浮かんだ。
そのせいですぐに顔が赤らんだので、俯きながら慌ててバスルームに入った。
「……嘘、ついちゃった」
ブラホックに手をかけながら、後悔が滲んだ声がぽつり零れた。
はらり落ちた下着を拾うより先に、彼の前で都合良く振る舞ったことへの罪悪感がのしかかって、私の心を締め付ける。
本当は、また会った。
菊池さんに接触した。
あれから懲りずにずっと、バーに通ったのだ。
会社の外でかつ、婚約者さんが知らない場所はここしかなく、すがるような気持ちで通いつめていた。
カウンターでひとり少し飲めるようになったお酒を嗜みながら、時々、入り口の扉の方を見て彼がやって来るのをじっと待った。
それでもやはり彼は現れず、きっと私に会わないよう避けているんだと勝手に落ち込んでいた。
その、矢先だった。
「……あれ、」
「菊池さん……」
「来てたんだ」
菊池さんは私を見るなり、淡々と会話しひとつ空けてカウンターに座った。
私がここにいる理由もきっと分かっていて、でもそれを見過ごしてくれているのか、わざと言わないで酒のつまみにしているのかは分からない。
それでも私には、充分だった。
仕事帰りに直行したらしい彼は、きっちりしたスーツに婚約者さんと選びに行ったネクタイをしていた。
そのネクタイが、私には赤い糸に見えてしまうから困る。
やっと会えた彼がこのネクタイをつけている事実が、私を酔わせる。
「……ネクタイ、素敵ですね」
私は少しだけ期待をして、呟いた。
「ハッ、何言ってんの。これ、山本サンの趣味でしょ。婚約者はこんなの選ばない」
「え……」
「知ってんだよ、一緒に買いに行ったって」
やっぱり彼は何枚も上手だった。
私の選んだものと分かってくれた嬉しさと同時に、婚約者さんの趣味まで分かっている深い関係性に羨望の念が募る。
馬鹿みたいな質問をしたと、恥を隠すように酒を飲んでいると横で菊池さんが、ネクタイを見ながら呟いた。
「でも俺は、山本サンの趣味の方が合うわ」
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 51人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Ry-Hok | 作成日時：2018年4月4日 21時
