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バスルームからシャワーの音が聞こえてくる以外何も音がしない。
家主不在をいいことにちょっとお部屋を見回してみた。
ボニ、と呼ばれていたワンちゃんは大人しくサークルの中で丸くなっている。
ダイニングの椅子から立ち上がってベランダの窓辺に寄った。
カーテンの隙間から外を見ると、当たり前に私の家から見えていた風景とは違う景色だった。
こんな景色、私の日常になかった。
2人で住んでた家から見えていたのは、こんな綺麗でキラキラした素晴らしい夜景じゃなくて、ご近所の家の屋根の瓦とか電柱とか。
全然知らない世界にいるようだった。
それを感じた時、別れを切り出されて初めて涙が出た。
もうあのささやかな日常は戻ってこないんだ…
ずっと一緒にいると思ってたのに…
「青木さん？」
いつのまに風呂から上がったのか、後ろから中島さんに呼びかけられた。
急いで涙を拭いて振り返る。
「上がったんですね。あ、大丈夫です。カーテン開けてないです。よく芸能人ベランダの写真撮られてますよね。張られてたらまずいってわかってますから。
いい景色だなと思って、カーテンの隙間からちょっと…外見てた…だけで…」
「青木さん。無理しなくていいよ」
やっと引っ込めた涙がまた溢れそうになって、くるりと彼に背を向けた。
「我慢しないで。泣きたい時は泣いていいから」
私に近づき背中をさすってきて、ますます涙を止めるのが困難になった。
「泣きたくない…」
「なんで…そんな強がらなくていいって」
「だって…中島さんに嫌われたくない」
「え…それどういうこと…？」
「中島さん、すぐ泣く女の人は苦手なんでしょう？
私、今誰も頼る人いなくて、それで中島さんからも嫌われたら…」
「嫌わないから。こんな時に泣かなくていつ泣くの。
大切な友人をそんな簡単に嫌いになったりしないよ」
下を向いてさめざめと泣く私に彼はそれだけ言って背中をよしよししてくれていた。
あんなにロマンスに生きてそうな男性なのに、驚くほど適切で友人としてこうあるべき、という距離感で接してくれる。
恋愛ドラマであるようにその胸に抱き寄せられたりしなかったし、涙を拭われたりもしなかった。
その代わり彼は私を座らせると、タオルを差し出し、ホットミルクを入れてくれた。
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作者名：にこ
| 作成日時：2023年11月11日 20時
