第三十話 ページ32
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交流会を前に、準備するものが1つある。
それは礼服だ。
女性はドレスを、男性はタキシードやスーツを着用して参加しなければならない。
なぜここまで本格的に行うのか。
その理由を問われれば必ず「社交パーティーの体験の為」と、理事長は答えてきた。
学校を卒業して大人になった時。
社交パーティーで恥を書くことがないように、基本的な礼儀作法だけでなくダンスの指導等を行い、その習ったものを生かすにはそういう場が必要になると考えこの交流会が始まったのだ。
まぁ、それは上辺上取り繕った理由で、本当は、ただただ生徒達の甘酸っぱい恋愛を覗きたいというなんともしょうもない理由が1番である。
何より交流会とか面白そう。なんて、そんな軽い理由で開催を決定したらしいがその真実を知る者は少ない。
「ほんと、とんでもない理事長だわ…」
そこまでの経路を知っているクロエは、呆れたような表情でそうボソリと呟く。
まぁ、前者の理由だけなら誰しも納得するであろう。
そんな理由を考えつくあの悪知恵脳を改めて、良い意味でも悪い意味でも尊敬した。
今の時間はお昼休み明けの5・6限目の授業時間。
何をしているのかと言えば、先程出てきた礼法指導を行っていた。
しかも、午前中に決めたパートナーとペアになって練習をしている。
あの本の彼と向かい合うのはかなり恥ずかしかったので、視線はずっと斜め下。
先生から、お辞儀の練習をするという指示が聞こえほんの少しだけ視線を上げた。
今更って感じで私にはあんまり意味ないのよね…。
なんて、そんな事を思いながらスカートの裾を摘み上げ丁寧にお辞儀をする。
これが、女性がする社交パーティーでの基本的なお辞儀。
先生の合図に合わせて軽く腰を落とす彼女のその動きは、他の生徒の覚束無い動きとは全く違い、どこか“慣れ”を感じさせるしなやかさがあった。
顔をあげれば、彼の視線が交わる。
数回練習してから出来たような動きではない。
一連の動作だけでなく、一つ一つの細かな動きや視線の移し方、どれをとっても何十年とそういう場を経験してきた者の動きであった。
動く度に彼女の艶やかな黒髪が揺れる。
腰を折ってから、姿勢を正した時。お辞儀からの垂れてきた横髪を耳にかけるその動作が、なんとも様になっていた。
その姿は正しく、貴族の令嬢を連想させる。
それはあながち間違えではないのだが、それを知るのはもう少し先の話。
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