呼び方騒動 ページ9
(―― Honoka side…… )
「Aちゃんってさ、たまに俺のこと“さっくん”って呼んでくれるんだよね」
「んぶふっ」
「それで帆乃ちゃんは絶対に“佐久間”って呼ぶでしょ」
お稽古着に着替えた佐久間が突拍子もなくそんなことを言った。あまりに急で、それもちょっとしょーもないことだったから、飲んでいた水を吹き出しそうになる。そんな私に「大丈夫？ 」と背中をさする彼は、ただ思い浮かんだ疑問を口に出しただけなのだろう。
「二人ともさ、いつも俺のこと苗字で呼んでるよね」
「え、うん」
「なんで？ 」
なんで、と言われても。
「別にね？ やじゃないの。でも、なんか、距離を感じるっていうか」
「距離？ 」
「結構長い付き合いなのに、ずっと苗字呼びだから、ちょっと……」
子犬みたいに視線を下げる佐久間。本人は嫌じゃないと言い張っているけど、この感じはきっと嫌。元気ハツラツの特攻隊長な彼だけど、根はシャイなところがあるってことはよく知ってる。だからほかのメンバーが席を外している時にこの話を持ちかけたんだろう。
「さっくんの方が好き？」
「ん゛っ……うん」
「じゃあさっくんにする」
「んえっ？ いいの？ 」
きゅるきゅるの目でじーっと見つめながら、再度確認をとってくる。さっくん呼びを断る理由なんてないし、むしろ今まで気づけなくてごめんねという気持ちが強いからそんな反応をされるとは思っていなかった。
「帆乃ちゃんの事だからさ、誤解を生まないようにわざと苗字で呼んでると思ってた」
「まぁ、確かに呼び始めたときはそう思って苗字にしてたけど、今はそっちの方が呼び慣れてるからそう呼んでるって感じだよ」
暑いからと適当に結った髪を解いて、乾いてきてしまったコンタクトを外す。ワンデイのいい所は外したいときにサッと外して捨てられることだと思う。もちろん手はちゃんと清潔にね。
「帆乃ちゃんのメガネ俺好きなんだよね」
「そうなんだ」
「女の子のオフモードって一番可愛いと思う」
私じゃなかったらコロッと逝ってたな？ そういうとこやぞ、さっくん。
「あっ！ 面白いこと思いついた！ 」
「帆乃ちゃんさ、普段と違う呼び方にしてさ、みんなを驚かせない？」
なんだそれ、めっちゃおもろそうじゃん。
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作者名：風呂 | 作成日時：2023年1月29日 15時
