陸ノ壱 走れ想うままに ページ26
【夢から立ち去れば】
「A、起きろ!」
何度揺すろうと、彼女は目覚めてはくれない。鬼の肉体が迫る。慌てて、彼女を抱いて飛び退いた。それでも彼女は目覚めない。
『……これは、夢』
かすかな呟きが零れた。固くなに目を瞑り、魘されている。涙がホロリホロリと頬を伝う姿。優しく指で涙を拭う。
「A!お願いだから、起きてくれ!」
長い睫毛がピクリと動いた。もう一度、名前を呼ぶ。漆黒の鉱石のような輝きが、見えた。驚いたように此方を見る。
『杏寿郎、さん……』
「うたた寝をしている間に、だ!恐らく敵の血鬼術だろう!よもやよもや……」
そう説明しながら、前に迫ってくる肉体を片手の剣で切り伏せる。悲鳴を抑えて、口元を覆うA。やはり怖いのだろう。
『……下ろしてください』
「いや、危険だ!俺が守るから安心しろ!」
『ですが、このままでは杏寿郎さんの足手まといになってしまいます!!』
その言葉に息が詰まる。確かに彼女を抱きながら剣を振るというのは、負担がかかる。もちろん、重いからではない。
軽すぎるぐらいだと、言っていいだろう。ただ、広範囲の技や敵を斬る時にも彼女に被害が及ばないように動かなければならない。
『聞いていますか!』
「……俺はAのことを失うわけにはいかない。だから、どうかこのまま大人しくしていてくれ」
『それでは、乗客を守れません!!』
「俺とて君を守れないのは辛い!」
これだけは譲れない。彼女が正しいのは分かる。ただ、下ろして守れるかが分からないから、下ろすことを拒んでしまう。
腕の力を強めた。放すわけにはいかないのだ。あの日、必ず守ると誓ったのだから。だから、絶対にこの手を放さない。
「もう、嫌なのだ!」
『何を言って……』
「母上を失い、父上は堕落してしまった。君まで失ってしまったら、俺は……」
『杏寿郎さん』
頭を包みこまれた。視界が美しい柄の布に覆われる。彼女を抱いていた腕が緩む。そこを彼女はそっと下駄で着地した。
『私は大丈夫ですから、皆さんに指示を』
懐から短刀を抜き出して微笑んだ。不器用な慣れていない動作に、心配する。だが、彼女は杏寿郎が全て守り抜くと信じているのだ。
その期待に答えなければ。杏寿郎自身も彼女を信じなくてはならない。背中を向けて走り出した。すぐに戻ってくるから、だから。
「A、無事でいてくれ!四両目から出るな!すぐ戻る!」
『お気をつけください』
その愛情を受け止め、走り出した。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時