参ノ参 蛍舟 ページ18
【幻想の景色】
夜の刻。杏寿郎が茂みを掻き分けながら、千寿郎の手を引っ張る。わくわくとした顔で進む弟は、楽しそうにAに笑いかけた。
「楽しみですね、義姉上」
『そうですね。もうすぐですよ』
彼女の言葉と同時に視界が開ける。蛍大橋のちょうど真下。舞浜川には無数の蛍が飛び交っていた。ほのかな淡い光を発して。
滅多に見ない光景に、感嘆の溜め息がどこからともなく溢れ出る。千寿郎だけではなく、Aも驚いたように目を丸くしていた。
「どうだ、千寿郎。美しいだろう」
「綺麗ですね、蛍って」
『昔は何度も見に行ったんですよ』
「これほどたくさんいるんですね」
「昔はこの倍はいたな!」
『深夜帯なんですから、お静かに』
「そうだな、うむ」
Aの言うことは一理ある。だが、この場では彼女は静かすぎるだろう。嬉しそうな顔が見たいのに、無表情では意味がない。
年相応らしい反応を示して、はしゃいでいる千寿郎を見守るA。まるで一児の母親のような風格だ。
きっと子供ができても、このような光景が見られるだろう。弟と杏寿郎たちの子供と、いずれは父も。かつてのように皆で。
「A」
『杏寿郎さん』
「綺麗だな、数年ぶりの蛍は」
『えぇ、とても』
「……疲れたのか?」
隣に座ると寄り掛かってきた彼女。口角を少し上げ、杏寿郎の髪の毛を手のひらの中で弄ぶ。何が楽しいのか、ふわりと微笑んだ。
どんな景色よりも美しく、どんなに儚い蛍の光よりも綺麗に。優しい眼で、漆黒の瞳の中に映る景色を色とりどりに飾り付けた。
『少し、眠くなってしまったみたい』
「そうか」
『肩、お借りしますね』
甘い椿油の石鹸の香りが、香ってきた。だが、それもすぐに消えていつもの白梅香の匂いが鼻孔を擽った。
それだけで、今の自分がどれほど幸せなのかを悟ってしまった。
1382人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時